松島の秋 2ーー島々の間を巡って塩釜へ

果てもなく広がる海水が瓦礫を攫いながら右から左に延々と流れ、果てることがない。異様なその光景は、こちらの心の根っこまでも否応なく絡め取って瓦礫とともに流し去り、抗うことができない。目を奪われながら涙が止まることはなかった。

名物の蒲鉾を少し買い求めながら、おかみさんがその材料にする魚や製法のこと、工場と店舗の再建についてのご苦労を伺った後だけに、その源がこの津波だったのだと思うと、遣りきれなさが募り、おかみさんにお別れと激励の言葉を掛けようにも、嗚咽とともに口はもごもごするばかりで動かず、ただ深く一礼してガラス戸を締めるだけだった。

人という存在の根底を無にする自然の大いさを実感しての無力感と根底の不安そして絶望、ともいうべきだろうか。

ーー何年か前、塩釜の海岸近くで蒲鉾の製造を再開したばかりという店を出る時、そこに置かれた小さなモニターに映っているのに気がつき、見入ってしまった時のこと。

そのようなことがあっただけに、このたび松島の紅葉を観に行くにあたっては、お隣の塩釜にはぜひ伺わねばと思っていた。蒲鉾屋さんの様子を窺ったあとに鹽竈神社をも参詣したいと、御朱印帳も久しぶりに持参していた。

しかし情けなや、片道の観光船に乗って塩釜の船着場でお安い刺身定食をとり、ひや酒を一本もらったら、もう歩く気がしない。駅前の大型スーパーでその晩の食料を仕入れるので精一杯なのだった。当初の目的も何もあったものではない。身体が動かなければ何もできず、まったくもって、情けない…。

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四日間にわたってお世話になった「Uchi 松島ゲストハウス」の前で見られた楓の木。日々色づき、天候による光の具合、風の吹き方により、見えかたと撮り方は無限に変わる。

ゲストハウスでは気さくなホスト氏のおびただしいレコードコレクションの中から無理を言って一枚かけてもらいながら缶ビールを飲み、氏に介されて、フランスから来られたという中年男性の旅人や、静岡出身で徳島在住の学生さんなど、さまざまな方々との会話があった。今どきの旅行はこういう楽しみもあるのかと、思いを新たにするのだった。

省みれば、去年今年は図らずもこういう機会が重なり、それぞれのハウスで色合いの異なる経験を味わうこととなった。(ホテルに泊まるカネがないんで!)
「Uchi Matsushima guesthouse」https://www.uchi-matsushima.com/

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五大堂を観光船乗り場から

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朝まだ早く、余裕があったので、船着場のお隣にある観瀾亭のあたりをウロウロと…

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場所により陽当たりは異なり、樹の種類は様々。同じ種類でも個性は違い、この世は無限で……

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出港前に

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船上からポーンと投げられた舫綱(もやいづな)の先にある細い綱を受け止め、たぐり寄せ、先の輪を繋船柱にかける。舳先と艫。久里浜、金谷、那覇、渡嘉敷……どこの港で眺めていても、彼らの動きには無駄がない。ごく稀に受けそこなうこともあるけれど!

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「本日の刺身定食」は鮪、ハマチ、〆鯵で、700円。定食用の “厚切りの量たっぷり” は、酒飲み老人にはあまり適さない。入り口にいた店長さんが「テーブル1番!」と声をかけたのに「カウンター1番」の隅っこに案内され、窮屈な思いをしたことも響いているかも。

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塩釜で疲れきって電車で松島海岸に戻り、宿の近くにあるホテルの温泉を借りて浸かろうと、足を運ぶ。

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この福浦島に明日は渡って、樹々を見たいと思いながら。

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いつもながらの佗しき晩餐。






松島の秋 1ーー円通院、夜の紅葉

十一月のはじめ、松島の船着場近くに足かけ四日ほど滞在。

紅葉の名所円通院には初日の晩にしか入ることができなかった。昼間は混んでいて、その中にいることが気恥ずかしいが、周りが暗ければ気にならないので。

皆さまと同じことをしたいにもかかわらず、それを共にすることに抵抗があるという身勝手でひねくれた厄介な性格。それを自ら持て余す。

嗚呼、あれからもう二か月ちかく経ってしまう…。

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憐れみか気まぐれかーーシクラメンの球根に

やむを得ず観葉用としていたミニシクラメンを植え替えた。再生を祈りながら。

葉の枯れる春から夏の間は乾燥したまま放っておき、秋になってまた葉が伸びる頃からただ水を遣るだけだったこの三、四年。昨年あたりからは表土が削れて球根の頭が半分見えるほど。瀕死の状態だった。この冬など、葉柄もなよなよとして上に向かって伸びることができず、だらしなく横たわっている。

それでもなお買ったときの栽培用ポットから出すこともなく、そのまま小さなスープカップに放り込んでいた。なぶり殺しにするかのように。

土いじりを止めて久しい。理由はもう忘れた。こちらの心に余裕がなかったのだということにしておこう。

きょうの昼前、このシクラメンの成れの果てがあまりに見すぼらしく、不憫に思えた。

ベランダでホコリをかぶっていたいくつかの植木鉢のうち、紺色の小振りのものを選んで、植え替えた。

古い土を落とし、物入れの奥に眠っていた腐葉土を取り出してきて植えつける。洗面所に持ってゆき、時間をかけてたっぷりと水を施してやる。本来は赤土が適当なのだろうが、用意がない。乾ききった腐葉土をなんとかしてシクラメンのか細い根に密着させてやろうとする。鉢の草木を育む昔の気持ちを思い出しかかる。

球根の肩が露出していた側は根が貧弱で、その上にある葉も小さかった。面倒をみてやらなかった結果があまりに顕わで、この身を責められているような気がするのだった。

冬の真っ只中。この時期の植え替えが適当かどうかは知らない。しかし、どうせ衰弱して枯れるなら、その最期だけでも綺麗な鉢で飾ってやろうとしたのか、それともただの気まぐれか。(まあ、イイや…)

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小鹿野町、夕景夜景ーー秩父訪問余話 4

去る十月の半ばに秩父市小鹿野町に留まること四日。この間、夕焼けが一度だけ見られました。おどろおどろしい色の空と雲。

夜はもっぱら数少ない食堂や呑み屋を巡り、日中のウロつきも合わせて、町の中心部を歩き尽したと思います。道を歩いても人を見ることは稀で、都会では味わえない静けさが有り難いことでした。

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夕刻散策ーーオリオンビールから何やかや、けっきょくウチ飲みで落ち着いて

11月も下旬となった某日。

パソコンが奇跡の復活を遂げ、クラウドファンディングで手に入れた無電源USBスピーカーも驚きの音質で鳴ってくれ、気分上向いて散歩に。

日産スタジアムの周りを老人用のインターバルウォーキングで30分ほど。

十三日の月は東の空高く、夕陽がむこうの木立に沈んでゆくのは16時15分ころ。

今風の角打ち『KOIZUMI』でオリオンビールを発見し、グラスを借りて有り難く頂戴。「沖縄が懐かしい」とは思わないが、このちょっとユルい味わいが好きなので。

飲み終われば折悪しく?居酒屋『うさみ』の開店時間で、仕方なく……。

ちょうど沖縄民謡が有線放送で流れていて、若旦那とオリオンビール談義から始まり、あちらの魚料理、果ては宮古島の様子や下地空港の話を興味深く聞く。

ご常連の新聞配達員さんが現れる前に、総白髪で品のよい老婦人がおいでになると、その前に黙って二合徳利が置かれた。ギンナンを煎ってもらい、お分けすれば、初めて召し上がるという。

カウンターに誰も居ぬうちに店に入り、みなさんが引き上げるのを見届けるようにして、それでもさほど酔うこともなく帰宅。

少し飲み足して、締めはピザトーストもどき。

残っていた豚バラ肉の薄切りに塩を軽く振って片栗粉をまぶし、空のフライパンに広げ並べてじっくり焼き、仕上げに醤油をさっとかけて炒り付けたのは、簡単でうまいものだった。

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霜月の初め、横浜を呑み歩く

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前々日の夕方から旧友としたたかにやった末、iPad は二軒目の寿司屋に、さらにカメラまでタクシーに置き忘れていたことが前日いっぱいかかって判明したというナサケナサ。

iPad は大学キャンパスの植木を管理している友人が朝から銀杏並木で草取りをしているところを訪ねて受け取り、その足で我が家の近所の警察署にカメラを引き取りに向かった。

遺失物となったカメラを警察で受け取るのは以外に時間がかかるものだ。届主であるタクシー会社の報告とこちらの申し立てを突き合わせれば問題なかろうに、会計係の担当の方は丁寧ながらも慎重に確認作業を続ける。

撮影したものに怪しいものが含まれていないか調べられていたのだろうか。最後に撮ったのが終夜営業のトンカツ定食チェーンでで頼んだロースかつ・生ビールセットとキャベツ千切りだったのを忘れていてーーへべれけ状態で、そのようなところに寄ったのを覚えているはずもないーー数日前に港の遊覧フェリーから撮った夜景の内容を話し、しばらくしてようやく引き渡してもらった。

もう昼時になっている。そのまま帰宅して食事を作るのも面倒だったし、そもそも腹もへっていない。朝はまだ暗いうちに目が覚めて、味噌煮込みうどんを作って食べていた。

朝からあちこち出向き、様々な遣り取りがあって片付いたものの、気分は中途半端だった。このようなときはどこかでゆっくり飲むにかぎる(という酒飲みの論理)。

ーーかくして、先ずはいつもの鶴見西寺尾『豊年屋』に。けっして大げさではなく、ここは自分にとっては楽園なのだ。何の気兼ねもなく、延々と居られる。丼物はご飯半分で。

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馬場花木園ではこの時期、見るべき花もない。コサギが居ついているのだろうか。

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『三次青果』はご主人が交通事故で治療中とのことで、休店していた。ご老齢なのに大丈夫だろうか。近所の方々もさぞ困りだろう。まともな質の野菜果物が安く手に入るお店なので。

いつも割れ煎餅を売ってもらいながら世間話をする駄菓子屋の婆さまが向こうからゆっくり歩いてきた。膝の具合が悪いので、立っている姿を見たことはなかった。尋ねるてみると、すぐそこに新しくできた眼科医院に行くという。白内障の検査を先日してもらい、その結果を聞くのだと。「白内障ならこっちが先輩だよ、手術なんてわけないよ」と安心させてやる。

その後、どこをどう歩いたものか記憶も記録もなく、夕方五時の開店を待って新子安駅前の『市民酒蔵 諸星』へ。

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去年の今頃だったか、パソコンのトラブル相談で年に一、ニ度お世話になっているS君とこの店で飲んだことを思い出した。その頃、彼はこの近所に引っ越してきていた。

ショートメールを入れると、折しもこの日は八時ころに立ち寄る予定という。常連なのだ。しかし、それまで待って飲んでいては出来あがってしまうので、再会は諦めた。すでにウーロンハイを二杯は飲み干していたろう。豊年屋でも酒を二本もらっている。

この宵にメールをやりとりするうち、彼の身の上にも様々なことがあったことを知るのだった。

……。

ご店主とS君のことを少し話してから諸星は出たものの、すでに酔っぱらいのアタマとカラダになっている。本能の命ずるままに、横浜そごうに店を出している鰻の老舗『竹葉亭』で鰻を頼むこともなく、いつものように弁当で燗酒を。そしてまた関内のバー『道』へと流れてゆくのだった、嗚呼。

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『パリー』の悠々ーー秩父訪問余話 3

秩父に行ったら訪ねずにおられない食堂『パリー』。ラーメン、ワンタン500。和洋中華食事全般。むろん酒あり。単純で丁寧な作りかたをして優しい食べ物に仕上げてくれます。

でも、平日はたぶん禿頭ヤギ髭の父っつぁん一人で切りもりしているので、そのご覚悟を。食べ終わったら自分で皿鉢を片付けるーーこれは普通の振る舞い方です(個人的基準ですが…)。休日は若い助っ人が来るようになった気配で、ほっとしています。

小鹿野へ往く途中ではシュウマイと焼きそば(ソース)とビール。還りにはべつの中華屋で極不味い餃子を出されたので、口直しにまた立ち寄ってワンタンを作ってもらい、一息つけました。


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一回目:
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二回目:ビール、なし
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あれからひと月、またひと月ーー機内から見る月、柳津宿の月

札幌からの帰り、新千歳空港発17:30のANA便は巨大なB777-200機。いつも札幌行きはLCCのA320だったので、安定感がまるで違う。最近はあまり値段の差が感じられなっているので、もうLCCを使うことはないかもしれない、少なくとも大都市に行くときは。

それはともかく…。

何の考えもなく、A席(左の窓際)を予約していたが、ツイていたのは、この晩は十六夜だったことで。

飛び立って奥羽山脈を縦断、仙台、阿武隈山地、そして房総半島上空に至って右旋回を始めるまで、終始太平洋の上に浮かぶお月様を左手に見ながらの夜間飛行。

もっともこの間、ほとんど眠りこけていた。海面に映る月光を撮ろうとしたものの、根気も体力も尽き果てており、とうてい叶わない。

先程たまたまアルバムをいじっていると、先に会津の柳津で三日間、宿の窓から外を撮った写真がまとまっていた。元同僚たちに戯れで送ったものとみえるが、忘れていた。

夕暮れ時からはじまって、雲間の月、そして朝の光の鮮やかな変化。

その頃はちょうど満月だった。只見川を見下ろす西に開いた部屋で、月は沈む少し前。九月二八日の早朝、寒くて目が覚めたのかどうか。

……。

facebookもブログも、まだまだ札幌はおろか会津にも行き着けないものの、時差短縮のためになるかどうか、先行してこれだけ載せておこうか…。


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ここは何処じゃ? ーーfacbook 往復徒然

夏の終わりの頃、facebook にてーー

「周りに見えるものは、ぜんぜんオレに似つかわしくないけど、現実は現実として正しく受けとめなくちゃ…(渡辺なおみちゃん風に、ちょっと笑みを含みながら)

前のテーブルにいるお二人からはポルトガル語のような滑らかな響きが聞こえてきて、たまにはこういうのもアリかと。

半ば非現実の日没前から今まで。

港内に浮かぶ小さなドック上にこの春から開いているというカフェは静かで何より。

パイナップルサワー580だけでネバるのも心苦しく、バーの開店までしばらく。どうしよう……しゃあない、ハイボール頼もうか。

(けふも棲み家に戻れぬわが身を思いてーーされど頭には何も浮ばぬ虚しさよ)」

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ーーと、夕暮れ時に呟いたらば……

facebookトモダチからコメントを賜る。「存分にお飲みくだされ…」と。

神職に就かれているお方で、何のきっかけによるものか、トモダチとなって久しい。去年の正月に四国松山を訪ねた折、幼なじみのカーキチが、しまなみ海道を渡ってクルマを駆り、彼の務める神社に連れて行ってくれ、感動の対面を果たしたものだった。

応えて、「ハハ、『飲むゾィ!』という今はいいのですが、明日は死んでおるです。ま、よき哉、死につつあることを想いながら、半日ほど死に向かいます。予行演習です。幾度こなせばそこに至ることか 笑。下らぬ呑んべぇへのお優しく温かきお気づかい、おそれいります。ありがたさにまた泣いちょります。御地も安らかな夜でありますように。ハマはエェ夜です! ありがとうございました」。

すると直ちにに彼からの返信ありがたく、「今夜はご自宅へ帰ること敵わぬなら、秋風に身を任せられるのも宜しいかと…。明日は明日の風が吹くであろうことを思い過ごしましょう(^_^)」。それが神の道なのだろうと思っている。むろん彼も酒はお嫌いではない。

そして翌朝に打ちこんだお礼の一筆。「深夜帰宅。3玉189円の醤油ラーメン凍らせていたのを、煮干しと鰹節で出汁とって一杯拵えて食って安眠いたしました。(焼豚も支那竹もなく、目玉焼きと野菜だけだったげっとも、うめがったー!)。お気にかけていただき、まことにありがとうございました。今朝のハマはいい秋日和です。昼前、酒屋の立ち飲みから始まり、深夜、関内のバーまで呑んだくれても、さほどの宿酔は残らず……ただ、今日はもう歩けませぬ 笑」。
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さらにその夕方に付け加えて。「午前中、シゴトする気が湧かず、寝ころがって電子新聞を眺めていたら、テレビ朝日の『じゅん散歩』が桜木町に行っているようで、2分先に開始と。『たまにはテレビ見てみっか。野毛出てくっかな?』と点けてしばらく進んだところで、この “浮かぶカフェ” が出てきてビックリ。そのあとニッポン放送を聞いていたら、林文子市長さんが黄金町のアート祭?やら野毛のジャズ盆踊り祭!? の宣伝をしておりました。fbf の皆さま、こんどのお休みには桜木町にどうぞ。(いまは日吉のカフェ『HUB』のキューバリブレL 270円!で、勿体無くも時間を潰しております)」。

ーーとあるが、はて、この晩は誰と飲んだのであったか?













遅い昼飯、晩飯。野菜が足りない、記憶が飛んでる!ーー沼津からの帰り 4

あらかじめ考えていた行程、気まぐれの寄り道、行き当たりばったりの撮影と飲食を積み重ねた末に、短くも長い四日間がようやく終わろうとしていました。

最後の夕方は、前日の昼に刺身定食をもらった小田原『うおがし』でまたもや過ごすことになり、サバの味噌煮が上がるまでイカの塩辛でちびちびと二合徳利を傾けるのでした。燗酒なら一合ずつ頼むべきところ、二合の方が割安(500:900)だし、この節はヒヤで頼むことが多いとなれば、当然の選択です。(クダラネェ…)

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海苔巻(干瓢)で腹を落ち着けたら、あとは記憶はもちろん写真も二時間空白となっています。

うおがしを出たあとの画像は、鶴見駅改札口で切符を投入する直前の一枚。残っているレシートによれば、途中の買い物は小田原の地下街、農家直売のナスだけ。

ふつうなら小田原から東海道線で横浜へ、そこで乗り換えて我が新横浜ーーと行くべきところ、手前の大船から京浜東北線で座ってゆこうとしたのか。とすれば、さして不自然ではなさそうです。(瓶ビールと酒二合でこの体たらく…)

とはいえ、なぜ鶴見に降り立ったのかは不明。

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ーー切符の背景は JR鶴見駅、鶴見線の入り口。

中華『栄理』での炒飯は、以前の親父さんのコテコテ炒め流儀から脱却した兄ちゃんの新しい炒め方が感じられたことでした。

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それにしてもオヤジさん、どうしちゃったのだろう。この頃、見かけない。バアさんに聞くのも憚られ、こんど台湾スナック『恵ちゃん』でニイちゃんに出会ったら尋ねてみなくては。

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ーー最後の最後で思わぬ寄り道の末、新横浜には21時49分着。フゥ……

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バイク憧れジジイの血が騒ぐーー秩父訪問余話 2

バイク野郎共のカフェ 。ピカピカの HONDA CB450(クジラ)と250に、ちょっと否かなり興奮 @小鹿野/秩父

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旅館に入るまでの時間を持て余し、さりとて既に疲れ果てて歩き続けることもできない。

ふだんはカフェなどに縁はなく、開いている食堂もないので仕方なしに入ってみたところ、いや~驚きました。

『Moto Green Cafe』
http://www.moto-gg.com/

ーー詳しくは本編にて。乞うご期待。いつになるか分かんないけど(笑。




沼津余滴ーー大手町の居酒屋『たか木』にて一酌

昼下がりから夜中までのお店。オヤジさんご苦労さま。坦々と仕事される姿勢には敬服するばかり。

宿に入る途中に見つけていて、9月2日の遅い晩飯…。

先客は地元のご夫婦と勤め人が二人ほど。ご夫婦は勘定を頼んでいるところ。ありがたい、ゆっくりできる。

小分け皿にシッカリと盛られた野菜類はお通し。日中に三島で鯖塩焼きや餃子ラーメンでずいぶん栄養をつけていたので、この日の栄養はこれで充分。

とはいえ、ウーロンハイも二杯目となると、やはり物足りなく、軽く鶏の皮をタレで二本焼いてもらう。

ーーむかしの話でスミマセン。本編に組み込み損ないまして…。

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『たか木』
https://tabelog.com/shizuoka/A2205/A220501/22000485/





湿性花園から温泉に戻ってーー沼津からの帰り 3

泊った宿は箱根に兄弟館がいくつかあって、泊りの前後に何処の湯にも入れる仕組みなのが、ありがたいところです。預けていた荷物を引き取ったあと、湯本に下る途中の「塔ノ沢 一の湯本館」の風呂を借りることにしていました。

この湯が素晴らしく良く、次はこちらの古い造りのまさに「旅館」に世話になるかと思ったものの、一人客を泊めてくれるかどうか。

さて、この温泉。どういう文句だったか忘れましたが、「不便さを楽しんでください」という意味の張り紙がどこかにあって、そのとおりなのでした。

シャワーなどありはしない。上がり湯がなんと掛け流しなのです。三人がゆったり並ぶその前に、奥行き一尺には足りない「上がり湯が溢れる堀」が横に長くのびているではありませんか。その熱い湯を手桶で汲んで、水でうめて使うという、この歳にして初めて出会う風呂場なので。

湯船の湯も熱めで澄み、ジンジンと効く感じ、効能は知りませんが。何より清潔で心地良いので、いつまでも留まっていたくなる温泉でした。

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なんのことはない、湿性花園の売店に並んでいたホトトギス。


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安藤広重が「箱根七湯」を描いていたようで。

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感動ものの流し場。身も心も正される感じで。他に誰もいなければ、それだけ気をつけて使わねばと思ってしまうのは、ビョーキと言われても仕方がないか…。


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銅板を叩いて成形したであろう流し台は、継ぎ目がどこにあったか。その機能に徹した美しさに魅かれる。


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湯で火照った身体をしばらくここで落ち着けていると、チャイナから来たらしい娘さんがスマホを延々と操っていた。あまり黙ったままなのも失礼と思い、片言の中国語と英語で話しかけてみると、学生ではなく北京で働いているという。

前日に cheng-tian(成田)に着いて heng-bang(横浜)に泊ったというのが解るまでに、こちらは iPad で地図を出したり、あちらはスマホでホテルの予約票を出したりして一苦労というお笑い。

互いの暇つぶしにはなったかもしれない。


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考えてみると、二時になるというのにまだ昼飯をとっておらず、売店でカップ麺を買い、ポットの湯でこしらえるかどうか、ずいぶん迷った。が、前の晩がカップ焼きソバだったこともあって、あまりに侘しいと思い、小田原の街に出るまで我慢することにした。

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湯本駅まで下る道から看おろす早川の流れ。雨が上がって半日、水が澄んできた。


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湿性花園の池の端に咲いているサギソウはあまりに乱雑で撮影できず、鉢に植えられたものを記念撮影。

我が鶴見馬場の花木園でも以前は有志の方が育てていらしたが、近ごろは見られぬようで、寂しく思っていたところ。







箱根湿性花園の閑散ありがたくーー沼津からの帰り 2

三島、沼津をさまよった最終日は、箱根塔ノ沢の宿から仙石原の湿性花園にバスで向かい、帰りに本館の温泉を浴び、小田原で呑み食いして帰宅したのでした。

箱根山の上り口、塔ノ沢の宿を出るときは晴れていて暑くなりそうだったのに、バスに乗っている途中から雨がフロントガラスを打ち、着いてみたら寒くて、薄いジャンパーを取りだします。山は、怖い。しかし園内では、雨は降りそうで降らず、お借りした傘は使わずじまい。

水辺の木々と草の群れの取り合わせには、いつ来ても、どのような天気でも観入ってしまいます。

しかしこの日は、雨はようよう上がったものの風が強く、静止した物体しか捉えられないカメラというものが恨めしいことでした。“風の息” をはかりながら、その合間の一瞬にシャッターを切ることが続きます。電池の減りもなぜか早くて、園を出るころにはメモ用カメラに切り替えざるを得ず、泣きたくなりました。

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参った、メガネがないーー秩父訪問余話 1

たぶんさっき寄った焼肉・スナック・ラーメンの『足寄 』(なんでこの秩父でアショロなんじゃ!)に老眼鏡を置き忘れた。ちょっと前に横浜日吉の『鳥よし』にこれも多分忘れてきたメガネに引き続いて。

たまたま遭った盲目の方を以前、バス、電車で案内して、その歩き方について様々伺ったことがあった。横浜の鶴見から東京神田まで、月一回出かけられるという、至って上品で慎しみ深い老婦人だった。

新横浜から二駅ほど、白い杖を携えて悠々と進む婦人の手助けを控えめにすることもあった。至って明るく振る舞う方だった。盲目であることへの引け目など微塵も感じさせないのには驚嘆したものだった。

いずれのときも彼女らの精神の強靭さと明るさを感ずるのだった。鶴見の貴婦人には、たしか二度お逢いした。そしてつい最近、地元のご婦人が駅のホームをエレベーター目指して元気に進んでいるお姿を見かけた。

だから何なのかと問われるか。

……。

実感を言えば、わたしには彼女らのような生き方はできません。絶対に無理です。おそらく死ぬことばかり考えるでしょう。

モノを見て、観ようとすることばかり思う日々にあって、目で見られないことは、わたしにとっては意味のない生活です。なぜ生きているか、わからない。

左様なことは忘れろ、一瞬を生きよという。それは真でしょう。

しかし凡夫の哀しさ、そこまでは行きつけません。致し方ありません。

稀有な存在として、彼女たちを聖人と思っています。

ーーと綴るまで、ふだんの二倍以上の時間を費やしています。もどかしさからくる絶望。これまで打った文字を確かめることができず、忸怩たるおもいです。

あまりに見えないので、このへんで……

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〈先月半ば(2018年10月)に何日かお邪魔した秩父の小鹿野町ほかの本論(笑)をさしおいて、どうでもイイことばかりを書き付けようとしています。しょーがねーなー、その前の月の沼津からの帰りのお話も残ってんのに……〉








台風接近中の移動日は虚しくーー沼津からの帰り 1

今年は台風の襲来を受けることたびたび。娘婿の実家がある東大阪は、六月の大阪府北部地震に始まり、台風の直撃が二度あって、見舞状を送ったほどでした。

この九月四日は台風二一号が正午ころ徳島南部に上陸し、一四時には神戸に再上陸という状況にあって、沼津にのんびり留まってもおられず、朝飯も食わぬまま早々に電車に乗り込みました。

とはいえ、ずいぶん前に安い宿泊券を手に入れていた箱根湯本の宿には午後三時からしか入れない。以前なら小田原でハシゴ酒していればよかったのですが、もうそのような体力はなく、時間を潰すのに苦労しました。

雨降りでは公園のベンチで過ごすこともできず、キャリーケースを引いて小田原、そして小田急の箱根湯本駅あたりを彷徨う惨めさ。雨もますます激しくて…。

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乗った電車はとなりの三島止まりで、乗り継いで熱海行きに。その熱海でまた乗り継ぐ。


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小田急線小田原駅の「箱根そば」。ふだん自宅での揚げ物は、後始末が面倒で、外出すると自然、こういうものが欲しくなる。


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おろしたばかりの簡易靴のファスナーが壊れてしまい、使い物にならない忌々しさ。ABCマートで手頃な一足を見つけて履きかえ、向かい側の今風喫茶店の隅、しかし窓際の明るい席に陣取り、冷たいコーヒー一杯で魚食堂『うおがし』の開店までネバる。


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昼の刺身定食900円(鮪、鯛、太刀魚)だが、沼津漁港の白身刺身(縞鰺、平目)500円と比べて魅力がない。


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とはいえ客は年輩者ばかりなので、落ち着くことはできる。



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問題は、宿に入れる夕方四時までどう過ごすか…。まだ正午前。



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小田原から箱根へ。



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箱根湯本駅近く、早川の流れは激しく、濁っている。

このあと大きなホテルのロビーや土産物店街を足どり重く行ったり来たりすること、二時間ほど。


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ようやく宿にたどり着く。たぶん五千円だった宿泊券にしては、とびきり上等の部屋だった。


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紅葉の頃はさぞかしと思う窓の外。


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毎度おきまりのヤド晩酌。モヤシはこちらで使い切らねば…。


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さんまの蒲焼缶詰、お久しぶり。


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ーーと、これにて晩餐は終了。


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朝五時半。雨は上がった模様。


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「🎵夜明けのコーヒー」お一人様で。どこの宿から持ち帰ったコーヒーか、不明。


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毎朝同じ献立とみられる。晩飯もおそらく。自炊の薄味に慣れているので、すこしツラい。

一泊だけでいいというお客の都合と宿の経営の折り合うところ、食事はこういう形態になるのだろう。連泊したければ別の宿へどうぞ、という。



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ウチでは出汁の素をちょっとしか使わないので、美味しすぎる豚汁。質素メシが恋しくなった。






樹々は濡れて秋の色にーーきょうの散歩

先の台風がもたらした強い潮風で、ことしのハマではもう紅葉黄葉は望めぬものとあきらめていた。桜の葉はチリチリになって色が半ば変わったところで止まり、銀杏もまた吹き付けられた南側の葉先が醜く変色しているのだから。

雨降りは夕方からという予報だったのに、寝転がっていても仕方がないと正午過ぎに家を出るときには、もう降りはじめていた。

向かい側の日産スタジアムでは昨日今日とフリーマーケットという。何か乾物や野菜、またハムなどの掘り出し物があるか、この前のような安い青森ニンニクは出ていないかと出かけたものの、古着と雑貨ばかり。

かわいそうに、昼から雨とあっては、商売にならない。客は集まらず、売り物も濡れてしまうので、ほとんどが撤収中という有り様で、場所代はどうなるのか、儲けもないだろうと、他人事ながら気になってしまう。

東門から入ったものの、ろくに店が開いていないので、反対側の西門から出て小机の町に抜けようとしていたのに、気がつくと、さっき鳴っていた太鼓集団の音が聞こえる。反対側でも催し物があったのかと思ったが、景色が西門のそれではない。虚しくも一周巡っていた。なさけなや。

仕方なく家に戻るのだった。

とはいえ帰り道の公園で見られた樹木は、乾ききった葉が雨に湿り、好ましい色に変わってくれていた。塩害も気にならないほどに。これをもって本日の収穫ということにしよう。

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沼津の漁港から戻れば夕刻ーー沼津便り 6

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18:09。日没まで四、五分か。


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刻み青ネギが翌日もたいへん役に立ってくれた。


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まだまだ明るいうちからの晩酌、慎ましく。


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18:46。港からの帰り、バスから見えた蕎麦屋で軽く締めの晩飯を、と外出。


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静岡における蕎麦屋の老舗「安田屋」は各地に暖簾分けしていて、高校時代の競走部の先輩は大阪の美々卯で修行の後、静岡市内の家を継がれているはず。

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こういう店に来て、はじめからタヌキ蕎麦は頼めませぬ。

蕎麦粉を仕入れるご苦労を奥様が語っていた。かならずしも長野ばかりとは限らない、それでは足りないと。

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丼を横切る緑の一文字は何とニラで意外ではあったが、これはこれで結構だった。蕎麦の盛りがよすぎて、タラフク。半分でいいよ、兄さん…。

勤め帰りの皆さまが一人静かにお食事。閉店は七時半。のんびり飲んではおられぬ。

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オールドプラモデルファンには懐かしい青・黄・赤のマルサン!ーー解かんねーだろーな~……

さすがに静岡は模型の本場。

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大枚1,200円払って全長17センチほどの旧海軍駆逐艦を買ってしまった! べつにエヴァンゲリヲンの綾波レイちゃんがヒイキというわけではなく…。

念のためにコンビニで買い込んだ食料は、けっきょく翌日、箱根の宿での晩酌兼晩飯となった。モヤシを茹でたのと合わせて。


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次回立ち寄るべき食堂を探してかなり歩いたと思ったのに、一万歩少し。道がわからずにくたびれ、見当はついたということにして、途中から引き返す。

宿はこの狩野川のほとり。井上陽水の歌のような「沼津リバーサイドホテル」。


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19:48帰館。前夜訪ねた居酒屋「たか木」には行けず。



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終日沼津、漁港に半日ーー沼津便り 5

この報告の初回は、次女に宛てた手紙に擬して、ちょうどその頃に訃報が伝わった漫画家さくらももこさんに触れたものだった。

このたびの沼津行きを同じ静岡の漁港清水出身の彼女と絡め、どこかに書きつけた覚えがあるものの、探しても見当たらず、戸惑っている。誤って消してしまった原稿の中にあったのだろうか。ーー再び書き起こす気力もない。

漁港が何故か好きで、行く先々で少し足を伸ばし、または直接に港町を訪ねること、野山に樹木、草花を求めて行くのと変わらないようだ。

老父が少年時代を商船学校で過ごしたという富山伏木の町を確かめたときには、その終点の氷見の漁港まで行き、愛媛松山では三津浜漁港に通うこと三たび。オホーツク海に面した真冬の紋別では、凍りついた波止場で働く漁師諸氏を遠くから見ていた。手近の千葉県南部では、保田、館山、千倉、和田浦そして鴨川と連なる。

実用の極みである漁船が港にひしめく風景に美しさを感ずるのか、倉庫の扉の錆びつき具合や壁の剥がれる様が好もしく見えるのか、その周りに生える草や細かな花を哀れと思うのか、それともその近所にある古い食堂で婆ちゃんがこしらえる安くて旨い一皿の煮魚とコップ酒を求めて通うのか、知らない。

「沼津に行こう」と思い立ったのは、バス旅行でよく立ち寄る観光漁港らしいというミーハー気分のほか、ちょうど往復で二百キロくらいのため、JR の「ジパング倶楽部」を利用して電車賃が三割引で行けることが大きな要因となった。

我が家からだと、沼津の一つ先までの往復で規定の距離200キロになり、行って帰って2,700円で済む。四日間有効で、途中下車すれば選択肢は限りないという有り難さ。行きには三島で降りたし、帰りは小田原でいったん降りれば、箱根に寄り道して泊ることもできる。

そういう次第で、二日目は丸一日、沼津で過ごすことになる。

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本物の松林がこの先にあったのだが、暑くて歩く気せず、港のすぐ脇の公園で満足することに。捲土重来を…。

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魚市場で仲買人がトロ箱に置く札ーーかな? セリ場を見物できる二階通路で。

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お遊びモードで漁船を撮っていたまま通常に戻し忘れて食堂に入り、シマアジとヒラメの刺身の瑞々しい切り口が写せていないお粗末!

白身刺身500、ご飯セット300、瓶ビール(中)650。ビールが高くて参ったが、暑かったので仕方なし。

名物の港食堂街は「海鮮丼1500円~」が相場なので敬遠し、ようやく少食者用安価献立を見つける。

なお、朝は我が旅にして毎度お馴染み、セブンイレブンのカップ天そばであった。






三嶋大社お詣りのあとは、いつもの如く…ーー沼津便り 4

神事と俗事は表と裏で、切り離せぬものよう。お伊勢さんには「おはらい町」、冨士浅間神社には月江寺あたりの歓楽街が今に続いている。

(某日の昼下がりに富士吉田の月江寺界隈を徘徊していたら、映画の撮影をしていた。機材を詰め込んだ大型車が三台ほど、そしておびただしい要員。なんでそんなにカネをかけないと映画はできないのかと、単純な疑問を抱く。井筒和幸氏が何を悩むかそれともただ機嫌が悪いのか、ひとりでノロノロと坂を上っていた)

三島の遊所はどの辺りであったか知らぬが、「三嶋女郎衆はヨ~ぉ」とノーエ節に唄われる宿場町だから、町全体とも言えるか……などとボンヤリ思いながら、白滝公園から東海道に戻る。

以前、柿田川湧水地を訪ねた折に寄って五寸の浅い鉢を見つけた古道具屋を探していた。

独り暮らしの酒呑みに頃合いの鉢があったものの、「2500」と値札にあるので躊躇っていたところ、「お値段は考えますから、そう言ってくださいね…」と女主人が優しく声をかけてくれる。

かといって、図にのって交渉する度胸もないので、「ま、ふつうに商売してください」と渡すと、「それじゃ、二千円頂戴いたしましょう」と負けてくれた。ありがたい。酎ハイ一杯分、多く飲める…ほくそ笑む自分がいじらしい。

腹もへっていないが、どこかで休みたい。

と、古道具屋の斜向かいにドンピシャの居酒屋が営業中の札を出している。こういう店にハズレはないのだ。

ーーかくして、ほんとは鰻を食いたいものの叶わぬ爺いの三島飲みが始まってしまうのだった、嗚呼。

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気に入っております。もちろん帰宅して即日常用。


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「美術品」らしきものは目に入らず、古着、古布が半ばを占めているように思えた。


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常連の地元の飲んべえ爺さんたちは、一人一人の言動が面白く、おそらくいつも少し不機嫌な女主人との遣り取りもふくめて、とても記しきれない。一日飲んでいて飽きることはないだろう。


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たしか、コロッケ類は150か100円。


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自転車の酔っ払い運転はイケンよ…


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ちょっと炭水化物が欲しくなり…


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が、やはりこいつを頼まぬわけにはゆかず…


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理想の献立表!

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上々の出来にて……

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ちょっと…ハテナだったかも

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文句ナシ


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JR三島駅まで歩く力、すでになく、伊豆箱根鉄道にひと駅分乗ってしまう。


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ようやく沼津へ。


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珍しくまともなホテルに泊まる。日本人大学生多し。「オメェら、学生の分際でこんな高級ホテルに泊まるんじゃネェ!」と胸の中で毒づきながらすれ違う。クレジットの控えを紛失し、価格不明。おそらく六千円台。


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開かない窓から駿河湾を望む。駅からの道のりは大した距離はなくても、日差しがきつくて暑かった。