晩酌晩飯 8月26日

「とりあえず」の一皿の佃煮や漬物のうち、デンブ状のものは鯖のそぼろ。前々日に焙って肴にした鰯の味醂干しとともに伊東漁港近くの「坂藤丸」で手に入れたもの。オヤジさんがこしらえたか、奥さんの手になるものか、200円。定価は300円と札に書いてあった気もするが、値を引いてくれたのか、こちらが酔っていて勘違いしたのか、定かではない。

ひきわり納豆がだいぶ日が経っており、ツンと匂いがしかけていたので、よく覚えていないがたぶん塩昆布などと混ぜて、油揚げに詰めて魚焼きレンジで焼いたのが、簡単で旨かった。なおその後、腹に異常はなかった。

なお、連夜の登場ながら、蕎麦猪口にはモズクの酢の物。月初めに沼津に行った折、魚市場の売店で塩漬けの状態のものが安く売っていたのを、はじめは沖縄のように天婦羅にしようとしたものの、結局はみな酢の物として消化してしまった。台所が暑いので、揚げ物を作るのは辛い。

ここまででもう満ち足りて片付けたが、寝床に入るころ何か物足りず、蝦子麺を干し桜海老(これも沼津で購入)と一緒に煮て、汁ソバとした。

(蝦子麺は香港産の乾麺で、エビの卵を練りこんである。油で揚げておらず、湯がいたまま最後に茹で汁に調味すれば済み、量も多すぎないので、昔から重宝している。横浜中華街では10玉500円くらいで売られていて、塩蔵の支那竹とともに、蓄えがなくなると中華街に行って調達しているもの)

DSCF8413-2.JPG

DSCF8414-2.JPG

DSCF8415.JPG

DSCF8416-2.JPG

DSCF8417.JPG

DSCF8539-2.JPG





駿河の三島は湧水の町 1――柿田川公園 8月4日

すでにひと月も経っていて、何故そこに行こうとしたか覚えてもいないが、日誌によると前日に思い立って宿の予約をしたらしい。

東海道本線沼津駅近くの小さなホテルに2泊で1万円、このたびのお国からの補助が付いて、支払ったのは6,500円というウソのようなお話。

朝早くに伊東を発って、手前の三島を巡ることにしていた。三嶋大社にはお花見の観光バスほかで何度も参拝しているし、街中を流れる清らかな小川が好きで、皇族別邸跡の公園「楽寿園」は、深い緑の下の水が美しい。

あまりに暑いので清々しい水の流れを見たかったのか、沼津の魚が食べたかったから、発作的に宿を取ったのだろうか。

***

湧水地として有名な柿田川公園を訪ねるのは、三度目になる。

これまでと違って人出がほとんどなく、おそらく地元の方だろう、こちらと同年くらいの爺さんが木陰のベンチで眠りこけていた。

公園内の貴船神社鳥居手前にあった碑文には感じ入り、刻まれたその筆力と流れに魅かれた。どこかで目にしたような気もするが、はて…。
「水五訓」
一 自ら活動して他を動かしむるは水なり
一 障害に遭いて激しくその勢力を倍加するは水なり
一 常に己の進路を求めてやまざるは水なり
一 自ら潔くして他の汚濁を洗い而して清濁併せ容るるは水なり
一 洋々として大海を充たし発して雲となり雨と変じ凍りては玲瓏たる氷雪と化してその性を失はざるは水なり

たまたま6月に訪ねていた京都の貴船神社とつながりがあるに違いなく、揮毫者は「貴布爾総本宮 貴船神社宮司 髙井和大 書」とあった。
(いま「水五訓」を引いたら、黒田官兵衛の言葉でした)

……いやはや、それにしても、極ごく暑かった一日。

DSCF5588.JPG

DSCF5585.JPG

DSCF5583.JPG

DSCF5578.JPG

DSCF7872.JPG

DSCF7897.JPG

DSCF5567-2.JPG





愚かなる近況(9月1日)

ここ三日ほど、呑み疲れをきっかけに暑さ負け、また冷房当りが重なり、体温調整ができなくなってしまい、終日寝たきりでした。

暑いのか寒いのかわからない。クーラーの設定温度と風向き、扇風機の向きを始終調整し、枕もとの温度計の数値を確かめ続ける日々。かろうじて御飯だけは作って、そのほか何もできませんでした。

「そうか!」と思いついて今朝、浴槽に湯をためてゆっくり浸かったところ、ようやく生き返った心地です。シャワーだけではいけません。ことにこの歳になると。

青年は荒野をめざせばよいけれど、老人は風呂に入らねば…。

写真は伊東オレンジビーチの日没後。「日暮れてなお道遠し」って、どこで聞いたっけ? なんか、藤沢周平っぽいけど。

DSCF8135-2.JPG


後記:
勉強が足りずにすみません。「日暮れて道(途)遠し」というのは、史記を出典とする慣用句のようです。調べもせずにいい加減なことを書いてしまいました。

もし藤沢周平の作品に出てくるとしたら『三屋清左衛門残日録』かと見当をつけて検索してみたら、「日残リテ昏ルルニ未タ遠シ」という言葉があがってきました。そういえば、北大路欣也主演のこのテレビドラマ、最後の締めの言葉だったような気もしてきますが、その録画が手元になく、確認できません。




晩酌晩飯 8月25日

はじめから「きょうの晩酌はこの流れで行こう」などという計画なしに、行きあたりばったりの腹加減、頭の具合でおかずを作るのが普通なのは、前に申したとおり。

とはいえ、栄養は偏らないようにしている…つもり。一食で完結とは考えず、昼食が魚だったら、晩は肉を摂るように。野菜は多く。塩気は余分に摂らぬよう。しかし、味気ないほどに控えることもなく。一日単位、一週間単位で諸々の栄養の釣り合いが取れていればいいだろうと、大雑把にみている。

加えて、皿は使いまわして洗い物が少ないように考えながら。手間も水も洗剤も、節約、節約また節約! 

この晩は小鉢ひとつ、皿一枚、タンブラーひとつで完了。酒は、①宝焼酎25度の梅酢割り、②同水割り、③④不明(記録なし 笑)。


DSCF8364.JPG
まずは旬の胡瓜で、地元静岡伊東産のもの。露地ものだろう、大ぶりで水気おおく、いかにもキュウリの香り。アミの佃煮はそれだけつまんだり、刻んだ茗荷の醤油代わりに使ったり。

DSCF8366.JPG
これも醤油と薬味を兼ねて、台湾の紅葱醤を使っている。皿は前菜に使ったものをそのまま。

DSCF8367.JPG
安売りの豚コマ肉を小分けにして冷凍しておいたものが残っていたので、飲み始めの頃に冷凍袋ごと水に浸けて解凍しておき、しなびてしまった茄子と大量のニンニクと炒め合わせたもの。味付けは、昔ながらの「ナス味噌」にするか迷った末、冷奴は中華風だった流れで、甜面醤を使って仕上げた。それならばピーマンや玉葱も加えて彩りと栄養を添えればよいものの、すでに酔いが回っていたらしい。この皿も、冷奴で使ったものを紙で拭った程度と思われる。

この晩の食事はこれまで。締めの炭水化物はなかった。酒の追加はともかく、料理を撮影し忘れることはまず有りえないので。









晩酌晩飯 8月24日

(安倍首相辞任という我が国ガケップチの時期にあって、このような太平楽を並べるのは憚られるところですが、涙を呑みつつ……)

朝方に Facebook で自分の誕生日と知ったこの日、自ら祝う気など起こるはずもなく、いつもの晩飯。

焼酎パック1800ml は重たいので買いにゆく気がせず、缶酎ハイでカンパイ。完敗?

***

干物をいつも買いにゆく伊東漁港波止場入り口の『坂藤丸』には久しぶり。暑くてそこまで歩いて行けなかったところ、前週の半ば、炎天下をヤケになって歩いていたら、難なく着いてしまった。

その日、たまたま玄関から出てきた坊やの細面は、いつもやり取りするオヤジさんにそっくり。お孫さんに違いない。
少し先にある居酒屋『要』にはご常連の面々がそろっていて、ご無沙汰を詫びる。アカさん、ヤッさん、それから酔いどれユミとその友人のベッピンさん。

アカさんたち三人が魚市場に買い物に行っている間、ひとり残ったユミのやつ、友人の息子さんはまだ七か月ほどでぐっすり寝ているあいだ、その柔らかな向こうずねに、あろうことかマジックペンでいたずら書きを始めた。それが達者なのに驚く。入れ墨にするような洒落た模様で、思わず「お前さん、本職は何なんだよ!」と叫んでしまったほど。

描き上げたところでユミは我に返った様子でうろたえている。「ママさん、どうやって消せばいいんだろう…」。店の主人マツコさんと一緒にクレンジングクリームで拭き取っていた。その前に抜け目なくスマホで撮ってはいたが。


――といった次第で、帰りに坂藤丸で買い求め、冷凍しておいたのが、この日の晩酌の主菜、といえば大げさながら、イワシの味醂干しなのだった。ここの味醂干しは、ふつうより醤油の気が強くてさっぱりしていて、酒の肴にはちょうど良いと思っている。締めは油揚げのワカメ入り卵とじ丼(ごはん少な目)。


DSCF8348.JPG


DSCF8349-2.JPG


DSCF8351-2.JPG






雨に咲く花 1――葛見神社 6月19日

雨が続きます。

頭も体も動かぬままに、寝床でボンヤリと次のシリーズのことを思っていたら、「べつに構えることもない。植物たちの写真しかないのだから、それを並べるしかないや」と、当たり前の結論に至るのでした。

写真そのままと思ってひねり出した「雨に咲く花」という題は、どこかで聞いたことがあると思って検索したら、歌の題でした。♫およばぬことと 諦めました…という哀切極まりない詞で、聴いてみれば何と、よく知っている曲ではありませんか。

原曲は昭和10年、リバイバルが35年で大ヒットとあるので、こちらが小学校の頃にでも聞き覚えたのでしょう。こんど『酒処 開』でカラオケを探して、同輩の爺様婆さま方に受けてみようか…。
https://www.youtube.com/watch?v=GSnGe9s5giU

葛見神社の社殿左には楠の大木がありますが、海に近い方にある「玖須美通り」と「クス」で関連するのかどうかは分りません。

DSCF6492-2.JPG

DSCF6480-2.JPG

DSCF6482-2.JPG

DSCF6496.JPG




再度言う、幾度も言う

KKさん

今宵のネット飲みで下記のように書いたメールの言を繰り返したけれど、それでもこういう「数値の意味と軽重」をアンタにまともに理解していただけなかったのは、とても意外だったよ。

このたびの武漢ウイルス騒動、みんな騒ぎすぎ。くだらない「ニュースショー」感覚に酔っているんじゃないの? テレ朝の玉川坊やとか、一見真剣そうな岡田オバはんに洗脳されているだけだろう。

PCR検査を行うことの意味、そして危険な検査が医療機関に与える影響、そもそも医師が指示すべき検査を患者自ら望むことの妥当性、そしてその確度が何と7割ということ、さらに根底にあるこのたびの得体がわからないウイルスの性質やらの全体を掴もうともせずに、テレビの糞コメンテイターの妄言を鵜呑みにして一喜一憂するテレビべったり人間の何と哀れなこと。

自分で考えろよ。

立民党の逢坂が「感染の実態をつかめ」と言っているけれど、そんなの、無理だろうが。PCR検査も抗体検査も確度が曖昧なのだから。

アメリカの抗体検査試行では、「より正確な感染者(経験)者数」は、PCR検査で判明した感染者数の10倍で、それからする致死率は、通常のインフルエンザと同じらしいよ。だったら普通のインフルエンザでしょうに。何で騒ぐのか。あちらの地域事情はべつだけど。

得体がわからないから、現場は四苦八苦でお察しするけれど。でも、それが戦の最前線の苦しさでしょうに。

医療の目的は感染者なる意味と定義が不明の言葉に振り回されず、とにかく死者を減らすことしかない。

おれだって、昔の一時は病院の地下室で裏方として大変な日々を送ったよ。その間、医者や看護婦はご自分らの所轄を忠実に保って崩さず、兵然と業務されていらしたのよ。今この時に当って弱音を吐くんじゃありません。

一番頭にくる言説は「何もしなければ死者は(東京で?)42万人死ぬ」という学者さんのご説というやつ。それに対する事実の裏付けなし、実数と乖離していることの理由説明なし…。

何よりも、「何もしていなければ」という、その時点での架空の言い逃れを使うことによる逃げの姿勢は腹立たしくてならない。ただの煽動にすぎんだろうが。それを利用する奴は、加えて犯罪的だろう。

同様に抱く強い不満は、ほんらい政府側がすべき真っ当な事実と方針の説明が全くと言ってもいいほどに表さなされないことで、これが絶望を倍加させる。対国民感情、職業人と、難しさはわかるけれど、まともにケンカして傷を負って自分の職責を果たせと言いたい。

ーーこの根っこには、官界が政治家を次の選挙までの一過性のものとみて、自分たちの安寧と権益を第一とする伝統と体質があるのだろうね。

東京のグラフを見れば、新規感染判明者カーブはすでに峠を迎えているのは、一目瞭然だ。なぜその意味を読まないのか、伝えないのか不思議。

おれはもう、いい加減な戒厳令は解くべきと思う。様々な撤退法はあるだろう。

そもそも通常年のインフルエンザ感染者数、そして肺炎での死亡者数を頭の底に置いて、この事態を考えるべきだろうに。「インフルエンザ死は、去年は3千、肺炎は毎年10万くらい」じゃなかった? ジジババがこの病気で累計400人、日に20人死ぬのが、何がニュースなのか。まったく解せない。


ーー長々と述べたこれらの根底にあるのは、現今の日本の死生観のなさだと思っている。

ヒトとして当然の死を、みな「シンジラレナイ」ものとするこの時代は、あまりにおかしすぎて、アタマがくらくらする。この世は漫画かよ。一瞬後には死ぬかもしれぬのに、常々誰もそれを思わない。「死の覚悟」なんて、死語。ーーと言っているオレは血も涙もないって馬鹿にされてっけど、いいのさ……。

ほんじゃ、次のネット飲みナ。おれ正直に言って、江戸に出向いて飲むよりこの方が合ってるわ。カネ、ネェし…。

(脱字や誤字、あったらごめん、。酔っ払ってきた)






伊東便り 6 ――お江戸とはネット飲み、地元では……

十年以上続けてきた月例飲み会「ガケップチ」。いくら猛者どもとはいえ、今月はさすがに中止にしたので、今どき流行りの遠隔飲み会を宵のうちからしてみました。結局サシ飲みでしたが、気楽でいいものです。簡単な肴を用意しながらも話は続けられるし。

独居ご隠居の会話は、本日はこのほかに、波止場近くの干物屋のオッチャンからイワシの味醂干し(小さくて脂の乗ったもの八枚三五〇円)をもらった時の軽いやりとりだけでした。生来の無口モノは、このくらいで充分です。

ほとんど人通りのない川沿いや海岸をマスクを着けずに散歩することは、前々から変りません。そういう外出を責める方は責めるのでしょうが、根拠を教えて欲しいものです。エスカレーターの右側を空けながら左側に行列する理由と同じように。

飲み屋さんは、当節この街でもほとんど休店です。いつもお世話になっているような不良供が集まる店は開いていますが、このところはくたびれるので敬遠しているのです。

散歩の帰り、そのうちの一軒から出てきた旧知のヘベレケ二人とバッタリ。ひとりはごく普通にバイクでご帰還、ひとりは「胃が痛えヨ、カネがねえや」と顔をしかめながら、砂浜の手前にあるアパートに戻って行きました。愛すべき連中です。

DSCF4767.JPG

DSCF4784.JPG

62939143-4A22-4DB8-9BAB-B95AA8DB2A42[1071].JPG










熱田の杜で

愛知、三河湾の日間賀島で会おうと前々から計画されていた学生時代の運動部同期会が中止となったのは、先月下旬のこと。

しかし、同地近辺在住の幹事とヤクザな当方は、「せめては名古屋でチョット飲もうや」と、その夕方集まって一酌することにしていた。

静岡の伊東から名古屋まではさして遠くもない。夕方まで待つことなど到底かなわないので、名古屋に着いたのは午前も半ば。大体の目算はついている。

熱田神宮へのお参りと周辺での昼飯。

武漢ウイルス禍の当節とあって当然のことながら、外国からの観光客はおらず、さほど多くはないお宮参りの家族が目立つほどの静かな境内だった。


DSCF3697.JPG

DSCF3706.JPG

DSCF3702.JPG

DSCF3718.JPG

DSCF3724.JPG

DSCF3725.JPG

DSCF3732.JPG

DSCF3735.JPG

DSCF3737.JPG

DSCF3751.JPG





熱海の梅、ひと月前

日々ぼんやりと打ち過ごしているつもりはないのですが、あれこれ中途半端にやり掛けるばかりでまとまらず、今になってようやく熱海梅園の様子を…。去る2月14日のこと。

この前の週にも訪ねたのですが、午後も半ばすぎになると園は日陰になってあまりに寒いので、早々に退散。海岸に近い初めての居酒屋でお湯割焼酎をもらって人心地つき、散り残った熱海桜を見物しながら駅への坂をゆっくり上るのでした。最寄りは来宮駅ながらも坂が急で、とても向かう気になれません。次からはバスに乗って帰ろう……。

DSCF2788.JPG

DSCF2733.JPG

DSCF2775.JPG

DSCF2754.JPG

DSCF2724.JPG

DSCF2741.JPG

DSCF2725.JPG

DSCF2811.JPG

DSCF2748.JPG

DSCF2780.JPG

DSCF2777.JPG

DSCF2792.JPG

DSCF2803.JPG

DSCF2812.JPG




大島暮し、ミニ体験版――娘へのメール

サクちゃん 気を遣わせてトイレ紙を送らせてしまってスマヌね、助かるよ。冗談半分の Facebook を見てくれてたんか、お恥ずかし。

伊東-大島間のジェット船、往復3000円っていう6割引きの切符を使って、今朝から大島に来てる。

泊りは若い連中がやってる民家を改造した気楽なとこ。素泊り2泊で11千円。自分で勝手に肴やメシが作れるのが何よりもありがたいよ。

元は蕎麦屋だったらしく、調理場にはデカい鍋やレンジばかりで、自分が料理人になったように錯覚してしまう。お湯がすぐに沸く強力ガスレンジには恐れいった。調味料や出汁の素、粉や油などは、前の宿泊客が残したもので十分足りるし。

高級旅館高級ホテルより、こういうところの方がずっと休まるのよ、おれにとっては。相客は居らんし。

無人販売所でもらってきたアシタバ150円は、半分は塩炒めで缶酎ハイの肴に。残りは茹でて甘酢に浸し、若い管理人とその友達連中に分けてやった。潜り(モグリじゃなくて diving)の仲間が集まってるみたい。この連中、仕事は様々。町役場の職員やらデザイナーやら。酒は一人しか飲んでいないのが不思議だね。

日曜に獲ってきて寝かせておいたというハマチをすこし分けてもらった。居酒屋の刺身が食えないおれにも極々旨かった。

送ってくれたXO醬で炒飯をこさえてやろうじゃないかい! ありがと〜〜

ふるさと納税のトイレ紙返礼は、富士市も岐阜のどこかも休止らしいよ 笑

この伊豆大島は人口8500。食堂『稲本』の婆ちゃんによれば、島内の小学校は3校。昔は6地区それぞれにあって、生徒数も何倍もあったそうな。日本の田舎は、どこに行ってもこんなものだ。

町中に人通りはない。スーパー店内の狭い通路を譲り合う際のあいさつも皆きちんとしているし、知り合いと出会っても大声を上げることなく、慎ましい。

都会ではこういう光景は見られないよね。ガキは店内を走り回り、オバさんは新しい納豆を探してほじくり返し、散らかしたたまま。その末に、一度取り上げた品物を投げ捨てるように戻すじゃないか。

前後左右にクルマの影がない交差点で、母子連れがマジメに青信号を待ち、手をあげて横断しているのが微笑ましいーーというか痛々しいと言うべきか……。

そういえば、前回訪ねた時、島内観光バスの運転士兼ガイド氏が説明してくれたことを思い出した。

離島に赴任する警察官が言い渡されることの一つは、スーパーの品物は手前に置かれて賞味期限の迫ったものから取るべし、というのだと。船便はいつ止まるか分からないからね。島の人々は仲間を思いを寄せながら暮している。それだけに窮屈なこともあるのだろうけど…。

おれが最後に落ち着くのは、この島かもしれないね。

IMG_3508.JPG






なんてこったイ!

お江戸ではマスクをしていないと白い目で見られる。ラジオで聞きました。人前で咳をするなど、もってのほかと。ーー来週末、田町での飲み会に持参すべきマスクを持っていません。

こちら伊豆の伊東のスーパーやドラッグストアでも、マスクや紙類の棚はカラです。拙宅のトイレ紙は、残り1巻きしかありません。ティッシュ紙は今あるだけ。無くなったら、尻はお湯で洗って手拭いを使います。当然です。

先日2万で購入したBSしか視られないテレビ。バラエティ嫌いの老人はそれで十分なのですが、NHKの国際ニュースを眺めていたら、タイのある街の郊外で、使用済みのマスクを普通の洗濯機2台で洗い、アイロンをかけ、新品としてかなりの量を売りさばいて、警察の聴取を受けたとのことでした。このたびの武漢ウィルスにマスクは有効ではない。信頼できるかどうか怪しい WHOがそう言っておるとです。

昨日、ルーターの設定をしてくれたパソコン修理の兄ちゃんは、作業後に「ティッシュペーパーもらえませんか」という。「花粉症なのだけれど、マスクがなくて参っちまって」と嘆きます。仕事はよくでき、純なヤツなのです。でも、鼻水をかんだ紙くずは、台所の屑かごに投げ捨てられたとです。奥さんへの手土産に、先日はハマの中華街で買ってきた乾麺、今度はドリップコーヒーと椎茸を分けてやったのに。礼儀知らずのパカヤロ〜、ポッケに入れて持ち帰らんかい!

ーー以上、ヒロシ風に。

4AA02490-A540-49A0-9CA3-FA48910E0099.JPG





伊豆の下田の爪木崎へ 3ーー茶店にて婆さまたちと横浜川崎の話を

御製の歌碑に涙を落としたあと、水仙や砂浜、また灯台がある岬の端に向かう途中で茶店の老婆に呼びかけられたが、まだ休憩には早い。「帰りに寄るからね〜」と空返事をして通り過ぎる。

あちこち見巡り、だいぶ時間が経ってから人も絶える頃に浜からあがり、行きがけに言った通り、その店に腰を落ち着けることになる。

昼どき過ぎても腹は空いていないので、おでんもうどんも欲しくない。店先の冷蔵ケースから勝手に缶ビールを取り出して席についた。グラスは要らないよ、と言いながら。お茶だけもらうわけにもゆくまい。伊豆特産の地海苔を皿に出してくれた。採った海苔を漉かずに、ただバラして干しただけのもの、だろうか。

婆さま一人が相手だから、気楽でいい。昔は横浜の市電の終点、山元町に住っていたという。その辺りはこちらもよく知っている。学生のころには職を探し、また仕事をサボっては、さまよい歩いていたものだった。丘の上には競馬場の跡があって、辛夷(こぶし)の大樹が三月になれば白い花を無数につける。

そのうち地元のお馴染みさんが入って来る。はじめは爺さまだと思って話していたら、婆さまだったのが可笑しい。

素人ながら川崎のお大師様の近くでご亭主と食堂を開いたところたいそう繁盛して、空気の綺麗な下田に部屋を借り、無理しても毎週通っていたという。高度成長時代で、川崎鶴見の大気汚染がひどい頃だった。こちらは小中学生の時代で鶴見に暮していたと言えば、話は弾む。

ご自身のことを振り返って、周囲が良くしてくれたと、耄碌した様子は全然なく、心から感謝していると見える幸せなお年寄りだった。

帰りのバスの時間がきたので二人とお別れするとき、ありがたいことにお店の婆さまが茶菓子をたくさん包んでくれた。海水浴の時期にでも何か持ってまた様子を見にゆかねばならないだろう。

まだ明るいのでバスは途中で降り、たしか昨年の梅の頃に訪ねた街中を少し歩いてみるつもりだった。

DSCF2091.JPG

DSCF3065.JPG

DSCF2035.JPG

DSCF3109.JPG




伊東便り 6――ワシはなぜ競輪場に行くのか?

海から昇る十六日か十七日の月を感に堪えながら眺め、珍しく何処にも立ち寄ることなく戻り、我が家の下の鰻屋を何気なく覗くと、近所の居酒屋で知りあった男の背中が見える。

戸を開けると、奴さん、ナイター競輪最終レースの着順を熟考中です。この日は5レースに賭けて、珍しく4レース当てたと喜んでいました。もっとも、300円ずつの掛け金なので、儲けは大したことありません。

互いにお湯割の麦焼酎をやりながら聞けば、「毎日やってるオレが言うのもおかしいけど、競輪なんてやめといたほうがいいよ、ぜったい」と真顔です。去年還暦で、ゴルフ場に勤務している彼。

もちろんこちらは、賭ける気はありません。しかし今は、各選手のこれまでのレースぶりについて、考えうるすべてのデータが見られ、「傾向」がつかめるので、ある程度の「予測」をつけることはできます。例えば、それまでの各節における日毎の戦績を見ると、その選手のクセが見えてくることがあり、そこが興味深い。

もっともそれは彼のスマホで見られる詳細なデータでのこと。こちとらのようなトーシローには、レース場に置いてある出走表で見られる大雑把な戦績だけが手掛りです。

先日戯れに、競輪場で予想らしきことをしていました。よほど暇で、頭の調子も良かったのでしょう。これまでの戦績から上位3人を選んで、1〜3着の着順を予想するという、最も常識の線に沿ったものです。「実力」のある選手を自分なりに客観的に選ぼうとする作業。

初回の第8レースは、そのうち2人が3着までに入りました。ところが次のレースでは、同じような基準で選んだつもりが、予想した3人は何と、ドンケツにまとまってレースが終わることになるのです。笑ってしまうではありませんか。それが穴レースであったかどうかまでは、関心がないので忘れました。

彼に言わせると、大筋ではその考え方で良いとのことでした。が、加うるに「その日の流れや運がある。それをつかむことが必要」との玄妙なご託宣が…。とてもついていけません。まして車券を買うなど、思いも及びません。

とはいえ、また天気の良い日には、駅からの送迎バスに乗って競輪場に遊びに行くことでしょう。素人予想もするだろうし、軽く昼の外食をとるにはちょうど良いのです。豚汁もラーメンもかなり美味いし、焼き鳥と酒だけで済ませることもできますから。

1CFF5CAD-2F7E-482B-ADD3-7AAA46A90A53.JPG




伊豆の下田の爪木崎へ 2ーー御製。蒼海の向うに利島を望む

水仙の生える浜に下る前に、駐車場の近く、人のいない芝地を進むと、荒い磯と青く澄んだ海の向うに、伊豆七島のうち大島利島新島がくっきりと見分けられた。

しばらくその青さに打たれたあと振り返ると、大きな歌碑がある。

「はて、何の歌か…」と読み取ろうとしても、とうてい解けない。判る字をたどれば、「御製」とあるではないか。助けを求めて辺りを見回すと、小さな説明板に昭和天皇御製そして香淳皇后御歌、昭和49年のお歌会始、お題は「朝」とあった。

「岡こえて利島はるかに見ゆるかな波風もなき朝のうなばら」

「くれなゐのよこぐものへに光さしつかのまにして伊豆の朝明く」

ご覧になった光景をそのままに詠まれる昭和天皇陛下のご誠実と端正、そして朝の光の動きを優しくとらえられる香淳皇后陛下のご温顔と繊細が偲ばれ、涙があふれる自分が不思議だった。

そういえば、バスがここに来る途中、須崎御用邸の前を通っていた。ご静養でお越しになった時に詠まれたものに違いない。

気まぐれの寄り道で覚えた深い感慨。

DSCF3048.JPG

DSCF3039-2.JPG

DSCF3055.JPG

DSCF3044.JPG




伊豆の下田の爪木崎へ 1ーー観光写真を撮影しそこなう

水仙の群生地として、ふつうの方はご存じない爪木崎を訪ねたのは、去る1月9日のこと。(いつもながら季節遅れの話題で申し訳ありません)

江戸と横浜で続いた新年会から伊豆に戻り、翌日は動けずに寝ていると、爪木崎の水仙が見頃という。予想より1週間ほど早かった。

下田駅から同行した観光客が一様に目指す水仙の見どころは、北東に面した斜面にある。しかし悲しきヘソ曲がりの当方はそれを嫌い、寄り道をし、遠回りする。

鋭い岩場や向うの伊豆七島の一部を望んでは海の青さに息を呑み、反対方向に回っては光る海を見下ろし、灯台に至る小道では老姉妹に頼まれて写真を撮ってやったのをきっかけに、歩きながら色々な話を聞いたりするうち、肝腎の水仙群生地に着く時分には、太陽は真南を過ぎており、その斜面は日陰になっているではないか。迂闊(うかつ)であった。

思い描いていたような白と黄と緑が鮮かで、青空の下に陰影の強い斜面の光景が見られない。さらに前日の強風に吹き倒されている株も多いのは残念なことだった。

仕方もない。来春を期すことにしよう。その代りに別の景色が見られ、さまざまな年寄り仲間と出会うこともできたとして。
水仙の群生地として、ふつうの方はご存じない爪木崎を訪ねたのは、去る1月9日のこと。(いつもながら季節遅れの写真で申し訳ありません)

江戸と横浜で続いた新年会から伊豆に戻り、翌日は動けずに寝ていると、爪木崎の水仙が見頃という。予想より1週間ほど早かった。

下田駅から同行した観光客が一様に目指す水仙の見どころは、北東に面した斜面にある。しかし悲しきヘソ曲がりの当方はそれを嫌い、寄り道をし、遠回りする。

鋭い岩場や向うの伊豆七島の一部を望んでは海の青さに息を呑み、反対方向に回っては光る海を見下ろし、灯台に至る小道では老姉妹に頼まれて写真を撮ってやったのをきっかけに、歩きながら色々な話を聞いたりするうち、肝腎の水仙群生地に着く時分には、太陽は真南を過ぎており、その斜面は日陰になっているではないか。迂闊(うかつ)であった。

思い描いていたような白と黄と緑が鮮かで、青空の下に陰影の強い斜面の光景が見られない。さらに前日の強風に吹き倒されている株も多いのは残念なことだった。

仕方もない。来春を期すことにしよう。その代りに別の景色が見られ、さまざまな年寄り仲間と出会うこともできたとして。


DSCF2062-2.JPG

DSCF3068-2.JPG

DSCF2085-2.JPG

DSCF2068-2.JPG

DSCF2071-2.JPG

DSCF3076.JPG

DSCF3074.JPG

DSCF3071.JPG

DSCF3067-2.JPG

DSCF3061-2.JPG

DSCF2048-2.JPG

DSCF3100-3.JPG





伊東便り 5ーー海辺で月を観るまで。夕方から

ひょんなことから、ある婆さまのお宅を突然訪ねることとなり、所期の目的は達せなかったものの、義理は果たすことができた某日の午後。

手ぶらで戻るのももったいない。次のバスまで一時間。辺りを歩いていると、植木を栽培している畑を見つけ、その周りを巡るだけで、恰好の時間つぶしになるのでした。

伊豆川奈の高台からは、島は見えず、湘南から房総半島がよく見渡せるーー婆さまはそう自慢していたのですが、この日は小雨で、灰色の海がわずかに見下ろされるばかり。

伊東の街に戻れば既に夕闇が迫り、あてもなく歩くうち、海側の人家の屋根に十六夜くらいの月が懸かっている。

「これはもしかして…」と浜辺に急ぐと、月に続く光の道が通っているではありませんか。八戸や松島、また安房鴨川という、海から月が上るところで、いつかは眺めたいと思っていたものです。

そのあと二、三日経った夕方、伊東桜木町の蕎麦屋『成木屋 岡支店』で、付き出しの締め鯖で冷や酒をもらいながらオヤジにそのことを話せば、「ホウ、月はどちらから上りますか」などと呑気なことを曰うのには笑ってしまいました。西の山の方から上るもんかいな…。

DSCF2239.JPG

DSCF2191.JPG

DSCF2202.JPG

DSCF2223.JPG




伊東便り 4――きのうの伊東の焼き鳥屋

古くから続くもつ焼き『ひさご』は、七、八年前になるか、はじめてこの町で泊った晩に入った飲み屋でした。

豚のモツ、焼鳥また魚の干物のほかにソース焼きそばと餃子があって、この餃子がなかなかのものです。皮がひらひらと薄くて滑らかで、具もあっさりふんわり。調合されて出されるつけダレは、ふだんは敬遠するのですが、ここのは絶妙の加減で、気に入っています。まだ一度しか頼んでませんが。

昨夜は土曜日とは知らずに入ってしまい、観光の方々が次々とやってきて、手伝いのお友達が来る七時まで、おっかさんがてんてこ舞い。

その間はお通しのタヌキ豆腐(いつも同じ小鉢ながらも温豆腐・極上揚げ玉・刻み葱と濃い目の掛け出汁の組合せが結構なのです)も出されぬままーーあとになってゴメンなさいと持ってきてくれたけれどーーボトルの焼酎をいつもながら自分で好きに割るお湯でチビチビやって、お客がはける頃に頼んだシロをタレで二本焼いてもらって八百円。払いはいつも千円に届きません。

ボトルは二階堂焼酎が三千円だったか、ひと月半くらいで一本の調子で空いています。お店にとっては良い客なのかどうか、わかりません。

丁寧ではあっても客に媚びない、あっさり目のおっかさんです。「何十年も行ってないけど、先代はだいぶ変った婆さまだった」と、ある居酒屋のオバさんが評していました。

DSCF2537-2.JPG

DSCF2004-2.JPG

DSCF2533-2.JPG

DSCF3172-2.JPG

DSCF9738-2.JPG

注文はいつも一、二品。そのほかにこんなのもあります。

DSCF1649.JPG

DSCF3173-2.JPG

DSCF2758-2.JPG