木の俣川を渡り、温泉場へダラダラ歩きーー板室温泉だより 2

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日に何十キロも歩いていたのは昔のこと。そのつもりになれば、速歩、長距離歩行もできるのだろうが、今はのろのろと歩きながら目にとまるものをトックリと眺めるのが常となっている。

「どこかへ行く」ことよりも「目の前にある興味深いものを見逃してはもったいない」という気持ちが勝っているのか、歩くのが辛くなっているのか。いや、どちらも当たっているのだろう。

宿を出たのは十時をだいぶ回った頃。たぶん朝食の後にまた湯に浸かっていたとみえる。記憶も記録もない。ほかにすることもなかったはずだから。霧雨の中、古くからある板室温泉に向かって歩き始めた。

人家は宿の先に並ぶ二軒ほどで絶えた。商店の看板は立派なアルミ製でも、シャッターはずいぶん前から閉じられたままのようだ。

バスの停留所で時刻表を見ると、平日は六便、休日は四便通っている。我が故郷の村行きの二倍の本数があるのは、行く先がこちらは温泉地、我が方は古い関所の跡であるから、相応だろう。もっとも、いずれも客は何人か乗っていれば良い方なので。

静かに濡れる杉林の地表に低く茂る草に目がゆく。子供の頃、祖父に連れられて林に入り、枯れかかった下枝を掻き取る作業のまねごとをしたことが忘れられない。

整備された道路、まれに往き来する小型トラック。その先はどこに通じているのか、見当がつかない。那須か、その先は南会津ということか…。

遠くに聞こえる軽いエンジン音は何かと思いながら歩いていた。街中であれば草刈り機の音だが、と。しばらくすると、原木を載せた大型トラックが山を下りてくるので、チェーンソーの音だったと知る。

また進むと、川の向こう遠くの方にほんの一部、切り開かれた杉林が望まれ、「ああ、あそこにまた杉の苗が植えられるのか」と思い巡らせると同時に、あそこからどういう人たちが何人くらいで、何処をどういう作業を経て運び出し、さっきのようにトラックで搬出するに至るのかと考えてしまうのだった。自分が働いていた頃の習性が抜けていない。

下り道が急に曲がり、上りに切り替わるところに橋が架かっていた。木の俣川というらしい。そういえば宿近くの停留所は「木の俣」であった。流れの幅は、およそ十メートルほどか。

この辺りに整備された園地は、居心地の良いことこの上なかった。元々あった川原の木立から適当に樹木を除き、土をならしただけの区画で、そんなところは一年も経てば「自然」の土地になってしまい、すでに「人工」を感じさせなくなる。

すぐ脇の斜面のどこかから水が地を伝って流れているが、小川というまでにも至らない。この雨が上がれば消えるのだろう。

どれほどのあいだ、この緑にひたっていたことか。徐々に激しい降りになってきて、傘を支えながらカメラを濡れぬように構えるのも辛くなってきたので引きあげたが、そうでなければいつまで撮り続けていたに違いない。

道をわたって反対側の園地の入り口で、進もうかどうか迷っていると、傍に小さな立て札がある。昭和天皇が那須の御用邸にお越しの際、時々おいでになっていたという「オオバヤナギ」の群生地があるとのことだったが、次回に訪ねることにした。体も冷えてきたので。

なだらかな上り坂が続き、平らになると、ようやく「歓迎 日光国立公園 板室温泉」の表示壁が見えてきた。続いて那珂川に沿って今度は下ってゆくと、連続して「熊出没 注意」の掲示が電柱に付けられている。

「どう注意すればエエんじゃい!」と半ば怒りながら、熊鈴を持参するのを忘れたので、時々「おーう、おーう」と唸りながら歩いていた。

やがて建物が見えてくる。平日だからというわけでもあるまい。温泉場は静まりかえっていた。

店舗はただ一軒だけ、新しそうな構えの蕎麦屋があって、ちょうど昼どきのため適当に客がいた。数少ない営業中の旅館の客が他に行き場もなく、ここに来ているのだろう。

前日に故郷の蕎麦屋で叔父が打っている蕎麦や天ぷらを、今年も日本一の福島の地酒とともにタラフクいただいていたし、こちらのような今風で洒落た店は好みではないので、昼食は宿に戻ってからにすることにして、寂れた温泉場の風情を吸い尽くそうとしていた。

歩く人はほどんど見かけず、むろんのこと外国人がいるわけもない。有り難や、ありがたや……。

……。

同じ道を辿って戻るのは好まぬのは、いつものこと。すでに疲れてもいたので、帰りはバスに乗ることに決め、時間つぶしでは失礼とは思いつつ資料センターに入ってみれば、受付の中年男性が手持ちぶさたのようながらも生真面目にカウンターを守っておいでになる。この辺りの人たち、みな真面目なのだ。駅前でタバコをふかすハネ返り高校生がいるのは、何処も同じだが…。

終着の停留所で折り返しのバスに乗りこみ、発車まで運転士氏と話していると、この温泉で一番高級なのが、目の前にある D屋と、角にある新しい宿で、いずれも二万三千ほどなのだという。「独りじゃ泊まれねぇべな」と笑いとばすと、それができるらしい。「オレぁとても無理だよ」と、しおれるばかり。

そういえばもう一軒新築中の所があった。どうせこちらには縁がないだろうが、この温泉場も遅ればせながら代替わりを迎えているのだろうか。

ひとつ解せないことがあった。こちらが乗ろうとしたバスから、意外にも一人、降りる客があって、粋筋かとも見える女性なので。

運転士氏と話す間にフロントガラスの向こうに彼女がいる。たしか先刻は持っていなかった赤いカートを引いて歩き、あちこち写真を撮ってから、高級旅館に入ってゆくではないか。

人生はいろいろあって不可解。だから面白い、のかも。


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ーー部屋の窓から。

朝食も丁寧な調理でありがたい。薄味で煮られた大根と薩摩揚げが一枚づつ重なっているのに感心する。なんでもない煮物ながら、いまどき貴重。
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木が人か、人が木か。どちらでもよし。
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むこうの山の懐に温泉街がひっそりと
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崖の縁に緑鮮やか
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ようやく人里に。しかし人影は稀で…
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町営駐車場の奥は緑の闇
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いつころ描かれた案内板か、この中で残っているのは「加登屋旅館」だけ
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投宿していたのは、地図左下「木ノ俣」の文字がある所の集落
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(ダソクながら昼メシは、宿の食堂がすでに閉まっていたので、シーフード・カップヌードルですませることとなった)
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