追うべきだったか――再会の夢は果てしなく

はたしてその人だったのか……。三十数年まえ、何度か酒場やレストランで会ったことのある女性のこと。こちらは学校を出て就職したて。かなり年上だったが、そう感じさせない溌剌とした短髪、小柄、ボーイッシュ、かつ理知的な瞳の光るひとだった。

逗子始発の横須賀線、つぎの鎌倉に着くころ、むこうの戸口で後ろ向きにたたずむ女性の背格好から、過去のその人の印象が湧いた。「もしや……」。髪型がそっくり、しかし、ちらと見えた頬と耳のあたりの線が少し違うような。

わざわざ立って行ってのぞきこむのもためらわれ、もどかしさがつのるうち、彼女は鎌倉駅のホームに降りたち、そのまま顔をこちらに向けることはなく、人の波に消えていった。

その後ろ姿を追って確かめることもあり得たが、その非日常の気分を実行することができなかったのは、正直に言って心残りであった。しかしそれが己の限界というもの。しかたがない。

同時に、思えば、当時紅顔の青年は今や還暦を過ぎ、彼女は古希に近かろう。今さら男女の仲を心配する訳合いもない。あまりに道が隔たってきている。互いに三十数年間の濃密な人生があった。それを語ったとて、その先どうなるものか……。

「もしそれが『彼女』だったとしたら」という言葉で始まる物語は、果てしもなくふくらんでゆく。が、それは夢というもの。楽しい夢もあれば残酷な物語も考えられる。詮無い思いは断ち切ろう。

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