闇――東日本大震災 第4報

夕暮れが迫っていた。電車も止まって久しい様子。キャンパスに残っていた学生たちが,“広場”に三々五々集まってきた。広場といっても建物の中にあるのだ。敷地内の,とある建物。雨をよけるだけの広場。

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キャンパス内の教室はもとより,普通の職場はすべて灯りが消えているが,ブログ子の働く事務室だけが,唯一,非常用電源がある部屋で,灯りに群がる蛾のごとく,帰りそびれた教員たちが集まってくる。NHKのFMを聴いていたが,地震そのものと被害の様子を伝えるばかりで,こちらが知りたい首都圏の交通事情については,2時間,3時間経っても聞かれない。

みな,帰り道の算段ばかりしている。金曜の夜だから,まだよかったが……。ことに,1時間半ほど歩けば家に着くブログ子は気楽である。ほんとうは早々にズラカリたいのだが,皆の手前,ばつが悪く,時機を待つしかない。

いよいよ,皆が「今夜はここで過ごすしかない」と諦めがついたころ,ようやく,逃げるように暗闇が支配する外に出た。足元がおぼつかない。月は出ていても四日くらいの月で,すでに西の空に移って沈もうかというところ。時刻は6時半。

このような闇は,幼いころ、そこで育った福島の山中にある集落の北端にある父の実家で祖母に馳走になり,南端にある母の実家に帰る道でしか経験していないのではないか。足元が不確かで、そろそろと進み、人家からほんの少しずつ漏れる光だけが頼りだった。そういえば、その家には提灯があって、祖父がたまに使っていた。ついでに言えば、雨傘は、竹の骨に油紙を張った番傘であった。

さて、地震の夜。帰りの街道は、東京方面から横浜のほうを目指して歩く人の列が連なっていた。

星がきれいだった。いつもは薄ボケている空が、暗い。

静岡に出張し、帰りの新幹線に閉じ込められた友から「無事ですか?」とケータイメールを送ってきたのに、応えた。
「お気遣い恐縮。いま、歩いてる。あと4キロ。爽快。オリオン座くっきり」

久しぶりの遠歩き、不謹慎なれど、身体を動かすのが楽しかった。







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