揺れる――東日本大震災 第1報

揺れた。パソコンに向かっての仕事中。少し長いが横ゆれだ。慌てることはない。直下型だったらドーンと縦ゆれするというから。しかし、揺れが止まらない。いつまで続く。立ち上がった。立っていても揺れているのがわかる。ただの揺れ方ではなさそうだ。

部屋と廊下の照明が点滅が続き、やがて、消えた。……と、また点った。安定。非常電源に切り替わったものだろう。この部署に着任以来7年、初めての事態である。

同僚の女性たちは皆外に飛び出した。いや、いま出るのは危ない、と、机の下にもぐった。狭いので頭を隠し、尻を出して。まだ揺れている。異常。

これ以上とどまっていても天井が落ちるのを待つばかりだ。外に何かあれば、もう治まっていることだろう――と見て、鉄骨・石造りの建物から出て、中庭に出た。とくに被害はなさそうだ。しかし、身体がふらふらする。本当に揺れているのか、自分の平衡感覚が狂ったのか、区別がつかない。しかし!

しかし、である。そこから出てきた建物の外階段のあたりを見ると、15センチくらいの振幅で横揺れしていた。免震構造の建物だからだろう。

「これはエライことになった」

女性たちは早くから、中庭の中心に、6人ほどまとまってしゃがんでいた。その近くに寄る。上司はまだ部屋の中で突っ立っているのだろう。同僚の男子の一人は近くをゆっくり歩いている。が、もう一人の男が見当たらない。気にかかるが、いかんともなし難い。

いま、何をすればよいのか。自然の姿、地球の力に逆らいえず、呆然と立っているほかなかった。

上空を旅客機が低空を大きな姿をみせて旋回してゆく。白い腹と、細くしなった主翼が目立った。羽田に着陸しようとして断られたのだろう。ではどこへ行くのか? 

時計を見ると針は午後2時49分を指していた。2011年3月11日。

これまで話したこともない隣の課の女性と、旧知のごとく話して隔たりがなくなった。阪神・淡路大震災を経験したという、派遣の女性の個人的体験も聴いた。

このように、災害は、人が心の殻を外し、他人との間の垣根を低くするらしい。生身の己を、個人的経験を、恥じることなくさらけ出す。地震の嵐が去った後にも、そこで生じた親しみは続くのだろうか。






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