テーマ:人生

円谷幸吉さんが食べたもののことーー福島県あちらこちら

Hさん 故郷での寂しい法事を済ませ、翌日は例によって県内の温泉に行ってきました。県南に位置する我が白河から、県北福島の手前、安達太良山の入り口に岳温泉というところがあるのです。 まだ時間が早かったので、どこかに寄り道しようと、東北本線を北上しながら路線図を見ると、郡山以外には須賀川くらいしか、何かありそうな街は見当たりません…
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あれはどなたの筆によるものかーー今と昔、書道塾は変わらず

いつも訪ねる馬場花木園(横浜市鶴見区)の近所には六十年以上も前から書道塾が続いています。若かった頃の老母も、付き合いが今に続く小学の同級生たちも、昔はここで手習いをしていたのです。 当時の師範は母と同年輩。跡を継いだ娘さんは、わたしと同級でした。 園への往き還りには必ず、塾の塀に月替わりで掲げられるお弟子さんたち…
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時季外れにてーー桜、福島の三春町 3/城山裏の桃源郷

にわか茶店の婆さまたちに「また来年くっから、元気でね~」と別れを告げ、頂上の広場に上り詰めると、思い描いていた桜の様子と少し違う。 おかしいな…と写真アルバムをさかのぼって確かめると、判明した。五年前にここから南、栃木県北端の芦野という山奥の村を訪ねた折、そこの城跡の広場と勘違いしていたのだった。芦野の「桜ヶ城跡」を訪れる者などあ…
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時季外れにてーー桜、福島の三春町 1

明日こそは亡父七七忌の帰りに居酒屋『三春』を訪ねて報告せねばと、先日訪ねた福島三春の町でみた桜を、意を決してーーと言えば大げさだがーーまとめ始めたものの、未だ半ばまでもたどり着かない。 身体に力なく、気持にゆとりなき日々が続く。次回はいつになるとも知れず……。 …
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あのときのアサリ、今年のアサリ

いまを去る4年前のことーー。4月14日。 昼メシ。おととい購入のアサリの一部をつかって酒蒸しに。 三つ葉はなんと5束100円だったのもの。たっぷり入れて。 桜ご飯は失敗して塩がキツすぎたので、軽く雑炊風に。 芋がらを干したのは、戻して軽く下茹でしたものを、味噌を加えてから弱火で少し煮たもの。子…
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夜道、夜桜

言うに言われぬ事情あって心ふさがれ、憔悴しての帰り道、横浜線小机駅前交番のお巡りさんにコンニチハと声掛けられたのはかたじけなく、涙あふれる思い。通ぜぬ思いに打ちひしがれていたので。 町はずれの居酒屋『うさみ』のウーロンハイとヤキトリーー豚のカシラ(タレ)と鶏のボンチリ(塩)ーーで何とか安らぐ。いつもここで会ってバカ話を交わす新聞配…
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「長屋の花見」ならぬ「寝床の花見」で親の死を思う

たくあんを玉子焼きに見立てたのを「大家さん、玉子焼きとってください……尻尾じゃないとこ」というのが長屋の花見なら、くたびれ果てて寝込み、近所の公園に出かけることもできず、去年撮った写真を iPad で眺めて「寝床の花見」をしています。今年は窓の下に見える染井吉野もまだだいぶ散り残っているので、線路向こうの枝垂れ桜たちもまだ去年のこの頃、…
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桜の便り 3 @神奈川辻堂・3月22日

蕾が蕾であったのは、まだおとといのこと。荷風先生なら日記に「暴暖」と記されるような今日、同じ樹が一気に六分から七分咲きとなりました。 激変する体調の下、老父の精神は、意識がある時はきちんと筋が通っています。親族、親戚を思いやる気持ちは変わらず、近く結婚する孫への祝い金に気を回し、義妹の病状も心配するほどなので。 そしてなんと…
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十三年前、夏ーー風邪の床で昔のブログを読み返す

あまりに喉が痛むので目が覚めた。薬の類の持ち合わせはない。何か紛らしてくれるものはないかと台所を探したが、旅から戻ったばかりで、冷蔵庫の中は空っぽ同然。いつもなら葱をたっぷり刻んで簡単な味噌汁をこしらえるところなのだが、人参と玉葱くらいしかない。 乾物の置き場を漁ると、小さなパック入りの水飴があった。よく見ると八戸の農産物…
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参った、メガネがないーー秩父訪問余話 1

たぶんさっき寄った焼肉・スナック・ラーメンの『足寄 』(なんでこの秩父でアショロなんじゃ!)に老眼鏡を置き忘れた。ちょっと前に横浜日吉の『鳥よし』にこれも多分忘れてきたメガネに引き続いて。 たまたま遭った盲目の方を以前、バス、電車で案内して、その歩き方について様々伺ったことがあった。横浜の鶴見から東京神田まで、月一回出かけられると…
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さくらももこさんを思うことーー沼津便り 1

サクちゃんへ やはり一度、あんたがそう呼ぶ “サクラ先生” に会わせてもらって、ガハガハ笑いながらーーかどうかわかんないけど、飲みたかったよ…… さっき旅先の宿でテレビみてたら、追悼する小さな特集をやってた あんたらが幼い頃、日曜の夕方にいつも観てたよな、まるこちゃん… いつからみなくなったか、忘れた。おれたち家族も…
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詰まるところは Blowin’ in the Wind か?ーー会津から戻り、つれづれに

九月はほとんど家に落ち着くことなく出歩いていました。まあ、諸事かさなってというところで。ご報告はまたいずれの日にか…。 ようやく一段落し、福島会津から戻ることにしていた昨日は、嵐が来ぬうちにと予定時間を早め、郡山始発の東北新幹線自由席で悠々と戻ってきました。 東北新幹線「なすの号」は後部の自由席でした。一両に数人しか乗ってお…
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思い出の地でーー旧友との奇遇ありがたく

高校受験の時に初めてこの駅に降りてから五十余年。思えば永年この地と共に過ごしてきたもので…。 大学を一年留年して卒業することになっても就職に失敗し続け、結局その学校の事務職員として拾ってもらい、定年のずっと前で辞めて六年が経とうとしている。 某日の夕方、年来そこの昔風ラーメンを気に入っている『王府』で月一度の飲み会を開くこと…
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上州高崎徒然、あちらこちら今むかし 1ーー名もなき飲み屋に集まる人びと

この初夏、群馬栃木放浪の初日、渋川に向かう途中で高崎に下車し、昼食をとることにした。 「食堂」が駅から歩いてゆける所にあるか、高崎線の車中で検索したところ、城址公園北のお濠端、これまで足を運んだことのない中紺屋町に昔ながらの食堂が見つかった。 二十年以上も前、各地で開かれる歩きの大会に参加を始めて以来、この街には「高崎観音だ…
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今も昔も放浪ビトーー夏の梅林にて “Renaissance” 再聴

身内が先日、救急車にお世話になったものの、搬送業務が終わって撤収なさるとき、まともにお礼できずにいたまま、こんどはこちらが熱中症気味。自室で青息吐息の数日間を過ごしていた。 回復してすぐに近くの消防出張所に出向き、ようやく救急隊の所属が判明し、嵐が去るのを待って昼下がりに消防局を訪ね、礼状のみ渡してきた。持参した夏の菓子は受け取っ…
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J-WALK「何も言えなくて……夏」ならぬ、オレ “何もできなくて、夏”

早起きしてひと通りの家事と食事を終え、起きる前に考えていたように外出しようとしたものの、すでに身体が動かない。ゼンマイが切れた玩具のよう。 いくつか渡り歩いた職場で何かと関わりのあった弁護士・関谷巖さんは、たいへんな趣味人で写真家。長年にわたって南アジアを仏教寺院を中心として巡り、立派な写真集を幾冊も出されている。東京品川で開いて…
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柄にもなくお菓子を作るーー苦しまぎれのクリーンヒット

腹具合の不調に腰痛が絡みあって、苦しい日々が続きましたが、なんとか回復しました。(治療法はちょっとお恥ずかしいので言えません) 何も欲しくはないけれど、栄養は摂らねば、そして甘いものが食べたいかなと冷蔵庫の中身を思い描いたところ、「お菓子を作ってみっか」という気になって、寝床から抜け出しました。 ひと月ほど前のこと。夏みかん…
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八月某日、上高地へ pt. 2 写真編 6ーー明神池から梓川右岸を 8月18日09:47~11:35

11時半過ぎに歩き終える。鬱蒼とした原始の香りが強い林と急流。花はほどんど見かけず。 河童橋手前、穂高連邦を見渡せる休憩所で東京からクラブツーリズムの一泊フリーツアーに来ている昭和11年生まれの翁と1時間越えて話す。奇しくも同宿した方と…
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チャランポラン薩摩便り 2ーー無念、メール届かず

もう二十年も経つだろうか。ひょんなことから鹿児島県庁に勤める方々と東京八重洲の居酒屋で大宴会があって、そのなかのある女性と年賀状ほかのやり取りが長く続いたが、つい先年、それも絶えた。 この度の鹿児島行きの事情を、以前年賀状に記されていたアドレスに送信し、反応を窺ったが、返信はない。拒否されたか無視されたか、アドレスが死に体になって…
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故郷奥州白河を葬儀で訪ね、ラーメンを食いながら往時を想う

大工町『香来軒』。ビール(大)600 餃子350 ラーメン450。 いつの頃からか、出先での外食はラーメン屋でとることに決まっているが、およそ六十年前、この地の山奥に暮らしていた頃は、まれに町に出ることはあっても、ラーメンなどという食べ物の存在を知らず、村に帰るバスを待つ間、だるまストーブの湯で温められた牛乳を飲ませてもらうの…
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八月某日、上高地へ 3 ーー人生の先輩と話すこと、朝そして昼

N さんへ 明神から梓川右岸をユ~~ックリ二時間かけて下り、河童橋でまた「信州に乾杯 一番搾り」の昼食です。名古屋工場製造ですって。 橋の手前、穂高連峰?(ほんと、山のことが分からない。覚える気がない!)を見上げるベンチのところで、ジンセイの先輩と四方山話を一時間半ほど。もちろん初対面で。なんと、昨夜同宿の方と同年という偶…
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放浪六日。四国編後半 3ーー旅の終わり、徳島の街で無法と無自覚に怒る

「この街の奴らは腐っている」。一歩間違えれば暴力行為に及びかねない憤懣とともに、絶望するほかないと分かっても諦め切れない無力感を抱いたまま、辛うじて弁当を買って部屋に戻るのだった。 自転車の乗り方があまりに酷い。無法が当たり前になっている。歩行者と自転車の通路がはっきり分けられているのに、歩道を二台並んで走る。駐輪禁止の場所が駐輪…
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放浪六日。四国編後半 2ーー映画『眉山』の舞台は徳島だったか…

「おい、あれが眉山か?」「まだヤ、まだ先」と、ぶっきらぼうなやり取りは、40年前と変わらぬ調子で、互いに悪気はない。 徳島生まれのこの男は110mハードル専門だったが、こちらと同様に鳴かず飛ばずの競技生活を送り、卒業後は県民一人当たり保有預金額が全国で二位か三位という地元の銀行に長く勤め、先年退職した。 「どこでもいいから駅…
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放浪六日。淡路島に行くはずが 2ーー炎天下、栗林公園・高松港そして瀬戸内魚料理に感涙、あとは朧…

いったい、旅先で友人知己に会うことは珍しいが、今回は専らそのための旅であった。そしてこれからは、飲み屋さんも含めて、各地で新たに知り合った方々に会いに行く旅が増えるのかもしれない。 去年新緑の頃に十和田の公園で出会った、こちらと同年輩の飲んべえ爺い二人が懐かしくてしかたないし、松山では三津浜のお好み焼き『那須』の女主人の昔…
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疑いーー盗られたには違いなく、島ゾウリ

京都で町家を改造した「ゲストハウス」にふた晩世話になった。ふつうのビジネスホテルにはもう高くて泊まれない。地方都市の相場の二倍はかかる。三年で倍増というところか。 同宿していた隣国の父娘三人のことを昨夜、好意を込めて誰かに記事を書き送った気がするが、探しても見つからず、「あれは夢だったのか」という怪訝さの中にいる。 それはそ…
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鹿児島天文館・酒場『はる日』にて――八年前会った父子の消息を尋ねれば…

(2017年6月20日記す)。おとといから鹿児島市にお邪魔しています。話せばキリのないことながら、所期の目的を達成し、水曜夕方の離薩を前に、ほっとした気持ちです、じつに。 八年前の秋に訪ねた飲み屋さん『はる日』からさっき宿に帰ってきました。あのとき同様、満ち足りた時間が過ごせました。 あの晩に出会った父子の、その後の事情が知…
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そういえば鎌倉円覚寺に 1 ――漱石先生チョット再読

四国にお伺いしているあいだにすっかり忘れていたのだが、何を思ったか、出発の前日に鎌倉に行っていた。きっと、早めに冷蔵庫の中身を食べきってしまい、外食するしかなかったのだろう。それとも、突然に若緑が見たくなったか。 「鎌倉散策」などする気力も体力もカネもなく、円覚寺で二時間半ほど、うろうろ、またぼんやりしていた。 ところが、文…
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大雪の札幌行き ANA67便。機内の徒然にーーお顔も知れぬ甘党の Facebook 友達さんへの手紙

H さんへ Facebook へのコメントには長すぎるので、ブログにしてしまいました。 いま札幌に向けての機内にあって、先刻出発前に頂いた Facebook 上の抱腹絶倒コメントを確かめられず、トンチンカンなご返事になるかもしれませんが、笑ってお赦しください。 まえにお話ししたかどうか、わたしは會津八一さんの…
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大寒。日曜の晩、ひとり食堂で揚げ豆腐をほおばりながらーー魯迅を久しぶりに

旧友と銀座のビアホールから蕎麦屋を巡る新年会のあと、別れて一人。ラーメンを食べようと新橋駅前にある華人の営む店で、ひとまず揚げ豆腐の辛味汁添え。上品で結構。 魯迅の短編『在酒楼上(酒楼にて)』のなかでほかに客のいない午後の酒亭で、酒ととも注文した豆腐はこのようなものだったろうかと、先ほどまでの友たちとの穏やかな語らいを思い返しなが…
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秋の日、妻孝行の記ーー多治見にて

去る十月某日、認知症の義母98歳を見舞うため、妻に伴って岐阜の多治見に。 その床に近寄ってみれば、この身を誰と思われてか、それまで細めていらしたまなこを開き、痩せ細った手を挙げて伸ばしてくださる。受けて握り返し応えれば、はるか昔に亡くなられた祖母の末期が重なり、今も昔も誰もかれも別なく、ただただ涕こぼれる……。 子供たちにこ…
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