テーマ:会津

あれからひと月、またひと月ーー機内から見る月、柳津宿の月

札幌からの帰り、新千歳空港発17:30のANA便は巨大なB777-200機。いつも札幌行きはLCCのA320だったので、安定感がまるで違う。最近はあまり値段の差が感じられなっているので、もうLCCを使うことはないかもしれない、少なくとも大都市に行くときは。 それはともかく…。 何の考えもなく、A席(左の窓際)を予約していたが…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

会津の喜多方3ーー蔵の雪、鶏の皮

会津の旅は果てなく続く。若松で最後の晩に訪れた老夫婦で営む天麩羅屋『天一』でのことは、後日のブログに譲ろう、いつになるか知れないけれど。 翌日は再び喜多方へ。旅の初日に吹雪で散々な目に遭い、街並を見ることができなかったので、日程を追加していたもの。構えは昔ながらの和式旅館でも部屋は洋室という宿の居心地も良かったこともあり。 …
トラックバック:0
コメント:1

続きを読むread more

会津の若松5ーー西栄町路地『来々軒』で聴く物語り

お姑さんが店を開いたのは昭和二十年代。当初は繁華街の神明通りにあって、区画整理により多くの飲食店とともに今の場所に移転したのは平成に入ってから。酔客がシメのラーメンをもとめてやって来るので、暖簾をとりこむのはいつも未明の二時三時だった。 ーーそう聞けば、松山三津浜にある漁師相手のお好み焼き兼飲み屋の『那須』のおっかさんが思い浮かぶ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

会津の若松4ーー古道具屋で

つごう四日間ほどお邪魔した若松。昼ごろ起き出しては、半ば必要、半ば習性からメシ屋、飲み屋を探して寒さの中をぶらぶら歩きしながら目に入った、昔ながらの商店や蔵の街並み。 側から見れば趣がある建物でも、その中で暮らすのはご苦労が多い。蔵屋敷の土間で古道具を商うご主人は、「雪はイヤだ、寒いのが辛い。早く春…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

会津の若松3ーー寒さに震え、薪ストーブの脇で瓶ビール

会津はとにかく冷える。モモヒキを履きこんでも、腹の奥底の前立腺に疼痛がくるほど。こんなことは紋別や釧路、札幌でもなかった。 柳津から若松に戻り、二泊の予定。ユックリじっくり街を歩いてみようと。 しかし、白虎隊自刃の飯盛山には悲しくて行けないだろう。お城でさえ途中で引き返したのだから。そもそも、名所旧跡は苦手だから仕方がない。…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

会津の柳津3ーー駅の待合室で

前の日の夕方、若松からこちらに到着したのは日没直前で雪が降り始めていた。 宿までかなりの距離があるので、この時刻と天候では迷うのが怖いのでタクシーを探したが、駅舎を出れば人けがない。戻ってさっき切符を渡したアルバイト駅員風の婦人に尋ねると、「いま呼んでやっから座って待ってらし」と、ご自分の携帯電話を取り出した。 クルマを待つ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

会津の柳津2ーー一泊二食にソースカツ丼

いつも素泊まりの自分にしてはめずらしい夕食付き宿泊は好結果。 揚げたての天ぷらや、質素ながらしっかり昆布の出汁の出た湯豆腐。生湯葉。また、具はむろん地味ながらも上品な味わいの茶碗蒸し。ことに川魚を煮たものは、下顎の骨だけ残して丸ごと食べきれるほどの柔らかさと旨さで、給仕の方に伺ったら、素焼きしてから煮るということだった。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

会津の柳津1ーー斎藤清美術館を独り占め

去年の秋、団体旅行「会津の紅葉めぐり7か所」に参加したとき、柳津駅でこの美術館の存在を知った。人も集まらぬこのような土地になぜ美術館があるのかと、気にかかっていた。不勉強にして、その方の名前も聞いたことがない。 それからひと月ほどして Facebook にこの美術館のPRが載っていたのは、何たる奇遇。 https://ja-jp…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

会津柳津の朝ーー06:33/07:23 宿の窓から

一夜お世話になった「つきみが丘町民センター」の泊り客は十人ほど。 夕方には近在の方々が温泉に来られる。愛くるしい幼女と共に寡黙で真面目そうな父親がいた。「ふつうは嫁さんの方についていくんじゃないのか?」と訝っていたが、あとで玄関付近で落ち合っているのに出会ったら、奥方は二人目を身ごもっておられた。この地での着実な暮らしを、好き勝手…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

会津の若松2ーー涙でお城が真っ直ぐ見られない

戊辰戦争で西軍の侵攻に抗いきれず、郭内の婦女子二百三十人余りが辱めを受けまいと自刃したことを思うと、「お城の姿を美しくカメラに収めよう」などという気には、とてもなれないのだった。 本数の少ない只見線に乗り遅れぬよう用心して、お城巡りは早めに切り上げた。ーーというのは口実で、じつは当時の城内における藩士とその家族のご苦労を思えば胸詰…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

会津の若松1ーー潔き街筋、深き縁故

喜多方から柳津へ向かう途中、若松にちょっと寄って荷物を預け昼飯をいただき、その日のうちに本数の少ない只見線で一時間ほどの柳津に着かねばならない。ふだんズボラ旅の自分にしては強行軍。 若松市内でこのたびの旅の第一目的でその美術館を訪ねようとしていた版画家、斎藤清の作品を専門に扱う画廊を偶然見つけ、しばし滞在。冬景色に限らぬ彼の作品に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

会津の喜多方2ーー雪晴れ。またこの旅の目当て(のようなもの)

一夜明ければ快晴。空がほんとうに蒼い。純白の雪、そして蔵の壁との対比に目が醒める思い。そして、湿り気をたっぷり含んだ大気は、乾燥嫌いの身には心地良い。しかし、いかんせん寒かった。この日の早朝四時には零下四度、体感気温零下九度。札幌や紋別より低かった。 早目に会津若松に移っておかねばならない。なぜなら今日中にさらに只見線を下…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

会津の喜多方1ーー初日はラーメン無し

会津への旅、初日。郡山から猪苗代、会津に向けての気動車は、市街地を出るとまもなくちらつきはじめた雪が山地にかかって激しくなるにつれて、ある時は降りかたを見極めるために信号所で一時停止、また或る駅ではポイントが雪のために作動せず、隣駅から応援にくる除雪要員を待っての臨時停車を強いられた。 会津若松で乗り換えても、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more