能登の氷見は夕暮れてーー北陸、行きたし、カネは無し

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氷見市『鮨和』で「何かちょっと…」と頼んだら拵えてくれた一皿。

おととしの一月半ば、富山の駅前に泊りながら、氷見と富山市内をうろついていた。

カウンターで独酌すること暫し。奥で揚げ物の音がするので、お寿司屋なのに何?と思っていたら、店のご家族の夕飯用だった。店内、ほかに客はナシ。そもそも町中を歩く人がいない。

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あれからもう三年も経つかーー。

歳が明けたら金沢へと思っていたが、カネの遣り繰りがつかず、押さえてあった宿を解約した。

あの冬は鰤が不漁だったので、今度こそと期待していたが、無念だ。駅前の食堂で定食にほんの一切れついていた鰤刺しの旨さが忘れられない。ふつう関東にいると、鰤やハマチという魚の刺身は生ぐさくて食えたものではないから。北陸フリーきっぷを使って、あちこち歩き、福井の三国港を訪ねてもみたかった。

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鮨和の手前にあったスナック『白扇』にも寄りたかった。まだ日の高いうちーーといっても雲が厚くて薄暗いのだがーーから看板の灯りがついているので扉をあけると、常連らしき奥様たちが店のおかみさんと町の噂話の最中だった。

疎外感の中、それを味わうともなく、かえってひとり黙っていられるのが有り難く、ゆっくりと杯を重ねるうち、表に出たらもう日は暮れていた。

気のいいおかみさんにすすめられて炙ってもらったイカの一夜干しが分厚く、そのあとに寿司をいただく余裕がなかったのはそのせいであったかと、今にして思う。まあ、どうでもよいのだが…。

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蛇足。なぜ氷見に行ったのか。

それは老父がその昔、中学を出ても三男坊でその上の学校に上がれない。そこで勧められたのが富山商船学校という学費のかからない学校で、富山の伏木という所にあったと聞かされていたのだ。

反発心しか覚えない父親ではあるが、旅先として彼の縁がある土地をえらんでしまうのは、もう致し方ない親子の定めのようなものと諦めている。先ごろ訪ねた八戸は、中年のころ単身赴任していた土地であったし。

氷見はその伏木の先、氷見線終点の港町。

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札所「観音院」を訪ねるーー秩父訪問余話 6

宿と町の居心地が良かったので「もう一晩お世話になるか…」と若い女将さんに尋ねてみると、幸い空きがあったので、素泊まりでお願いした。

気持ちと時間にゆとりができた。丸一日かけて札所31番の観音院に行けるという贅沢。贅沢のついでにバスで行ってしまおう。停留所からお寺までさらに3キロ近くあるから、まあ許されるだろうと思って。

何年か前に山門から本堂まで、くねくねと折れ曲がる急な階段を上った記憶がある。般若心経の文字数ほど、276段ともう少しであったか。その日はたしかもう一か寺、小鹿野から秩父に少し戻ったところも巡ったはずなので、上り下りで精一杯だったろう。

今回は階段の途中に点々とある歌碑をじっくりと見ることもできる。お寺への道筋の景色もゆっくり眺められるわけだ。

世の中で見られる風物、得られる思いは数限りない。町の中、市の中、県の中、日本国中。出会う人、見るもの、考えるべきことは、時により所により無限にあるので、ほかの国に行っているヒマなんぞないのだ!(「そりゃあ貧乏人の僻みだろうに」と自ら嗤う)

ーーと、ようやく「余話」でなく「本編」を記すべきところ、集中して物事をまとめる力がない。この秩父行き記録の無秩序、ハチャメチャさ加減に安んじて、見たものだけを挙げ、今回もまた気抜けした旅の記とせざるを得ぬ情けなさ。

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「秩父の札所巡拝55回、なお更新中」というのには舌を巻く。

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ようやく石段が終わる。

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山蔭や 烟の中に 梅の花 闌更翁

ご朱印をいただこうとしたものの、ちょうど昼どきで、弁当を使っていらっしゃる様子だったので、しばしあたりを散策。しかし、終日日が差さぬあろうこの場所は、冷える。

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寒し。湿度高し。

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秩父の札所専用のご朱印帳を購入して、二度目の札所巡りに入るかどうか迷った末、「来年は遠出を控えてこちらの札所ゆっくりまわるか。前回のように頑張ることなく、写真を撮りながら」と思い定めて、あらためて帳面を頂くことにした。

平成参拾年拾月拾六日。二度目の巡拝、ここから始まる。











動けず。秩父の小鹿野にて昨日今日ーー 秩父訪問余話 5

S 先輩へ
日曜日から埼玉秩父の西、小鹿野町に滞在中です。はじめの予定を延ばして水曜まで。

五年ほど前に三十四札所巡りで観音様をお参りしながら駆け足で通り抜けた町のひとつでした。

何となくそのまま捨ておけぬ土地でした、秩父というところは。

有名な秩父祭りになど、何の興味もありません。

いつかも書きましたが、この土地の方々の温かさが嬉しいのです。

札所のお寺からの帰り道、日が落ちてくるのにどの辺りを歩いているか分からず、バスの時間も心配で頼りない気持ちでいる時、向こうから来る子供たちに挨拶の声を掛けられるのは有難く、ほんとうに救われる思いがしたものです。

そんなところでゆっくりしたいと思い、紅葉にもまだ早いので、気楽にメモ用カメラだけ持って出てきまし た。

きのうきょうも町中の道でたまにすれ違う見ず知らずの老婆たちとも、軽く会釈をしながら歩くのでした。

ビールとメンチカツ単品での晩飯となった初日、食堂のおっかさんは、車で宿まで送ってやれないと言って、しきりに済まながっていました。

ーー四代目の主人というこの宿の人たちも、みな温かい心遣いをみせてくれます。

はじめは、ぜんぶで三四ある秩父の札所のうち最後に近いお寺がこの近所に二箇所あるので、ついでに巡ってみようか。調子に乗ればこの際、またすべて巡ることを始めるか。と景気の良いことを思い描きながら出てきました。

しかしもう、とてもいけません。足が動かない。臀部の筋肉がなくて、少し長めに歩くと、翌日痛くて動けない。きょうはずっと町歩き。明日はバスで一箇寺くらい行ってみようか…。

……。

小鹿野はバイク好き連中には「わらじカツ」で有名な町です。まだ食べていません。

秩父名物の豚の味噌漬けも、ほんとうに食べてみたいものの、「自分でこしらえたって大して変わりはないさ。味醂と味噌に漬けて、薄い肉なら一晩置いときゃイイじゃん」などと理由を作って、その実は、あまりお安くはない丼ものに酒を付けるとチト苦しいというところでして…。

加えて、名物といわれるものを周りのお客と同じように頼むのはどうも気が引けてしまう天邪鬼と自意識過剰を、我ながら持て余しています。その結果、あいかわらず地元ジジババ用の食堂でのチープ飲みと宿飲みというわけです。

きょうは町営住宅やアパートの具合を視察するのに、かなりの時間を費やしてしまいました。でも、冬は寒いし、クルマ嫌いの身には暮せないでしょう。

昼前から夕方まで18千歩ほどもウロウロ行ったり来たり。中学生たちの一斉下校風景を眺めたり、最小限の種類と量の品しか置かないガラガラのスーパーで婆ちゃんたちの会話を聴いたり、町内放送で流れていた熊が出た云々というのはどの辺なのかとラーメン屋の兄ちゃんに確かめたりしながら過ごしたことです。

酒はそのラーメン屋でヒヤ酒二杯(冷奴、納豆詰め油揚げ、ラーメンとで1,850)と、宿の自販機にあったキリン本搾りチューハイ一本(330)のみ。

(この先、この滞在をどうまとめてゆけば良いんだろうか……)

〈ーー現地から何かの用あって送ったメールの一部〉


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庭? 空き地? 覗き見て盗み撮り。


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初日の晩飯、メンチカツ単品550。翌日は夕方5時の開店を待ちきれず、寄れなかった『するがや』。地元の皆様の寄合所。


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このポスターが町中の店先に…


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やってます。昼も夜も、幾度この店の前を通ったことか。人気のわらじカツ屋はこの並びにあって、いつも客が多い。


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世話になった須崎旅館の裏手、十輪寺


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「梅咲いて こゝも札所や 十輪寺」
とあるものの、どなたの句か、悲しいことに読み取れない。検索してみたら、京都の十輪寺は洛西観音霊場の札所だが、こちらはむろん秩父の札所でもなく、由来不明。

脇に「梅か香に のつと日の出る 山路かな」と、芭蕉の句碑もある。


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須崎旅館の朝食

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昼酌。コップのヒヤ酒2杯。このあと、油揚げの納豆詰め焼きは、我が晩酌のほぼ定番に。


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前日立ち寄ったバイク好き御用達のカフェ駐車場で。ヤマハSRVの400?それとも600?


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住みやすそう。こんなに広くなくてもいい。大型スーパーまで歩いて10分ほど


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あいかわらず街から離れて住まうことばかり考えて…


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小鹿野中学校の下校時。周辺部から通う生徒用のマイクロバスが、地区ごとに20台ほども次々と発っていった。


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進んで見物したいとも思わず…


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夕食の記録、これ以外の写真ナシ。前の日に買ったチクワの残りとポテトチップスに缶チューハイひと缶で寝ちまったとみえる。


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この四日ほど、雨に遭うことはなかった。




松島の秋 2ーー島々の間を巡って塩釜へ

果てもなく広がる海水が瓦礫を攫いながら右から左に延々と流れ、果てることがない。異様なその光景は、こちらの心の根っこまでも否応なく絡め取って瓦礫とともに流し去り、抗うことができない。目を奪われながら涙が止まることはなかった。

名物の蒲鉾を少し買い求めながら、おかみさんがその材料にする魚や製法のこと、工場と店舗の再建についてのご苦労を伺った後だけに、その源がこの津波だったのだと思うと、遣りきれなさが募り、おかみさんにお別れと激励の言葉を掛けようにも、嗚咽とともに口はもごもごするばかりで動かず、ただ深く一礼してガラス戸を締めるだけだった。

人という存在の根底を無にする自然の大いさを実感しての無力感と根底の不安そして絶望、ともいうべきだろうか。

ーー何年か前、塩釜の海岸近くで蒲鉾の製造を再開したばかりという店を出る時、そこに置かれた小さなモニターに映っているのに気がつき、見入ってしまった時のこと。

そのようなことがあっただけに、このたび松島の紅葉を観に行くにあたっては、お隣の塩釜にはぜひ伺わねばと思っていた。蒲鉾屋さんの様子を窺ったあとに鹽竈神社をも参詣したいと、御朱印帳も久しぶりに持参していた。

しかし情けなや、片道の観光船に乗って塩釜の船着場でお安い刺身定食をとり、ひや酒を一本もらったら、もう歩く気がしない。駅前の大型スーパーでその晩の食料を仕入れるので精一杯なのだった。当初の目的も何もあったものではない。身体が動かなければ何もできず、まったくもって、情けない…。

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四日間にわたってお世話になった「Uchi 松島ゲストハウス」の前で見られた楓の木。日々色づき、天候による光の具合、風の吹き方により、見えかたと撮り方は無限に変わる。

ゲストハウスでは気さくなホスト氏のおびただしいレコードコレクションの中から無理を言って一枚かけてもらいながら缶ビールを飲み、氏に介されて、フランスから来られたという中年男性の旅人や、静岡出身で徳島在住の学生さんなど、さまざまな方々との会話があった。今どきの旅行はこういう楽しみもあるのかと、思いを新たにするのだった。

省みれば、去年今年は図らずもこういう機会が重なり、それぞれのハウスで色合いの異なる経験を味わうこととなった。(ホテルに泊まるカネがないんで!)
「Uchi Matsushima guesthouse」https://www.uchi-matsushima.com/

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五大堂を観光船乗り場から

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朝まだ早く、余裕があったので、船着場のお隣にある観瀾亭のあたりをウロウロと…

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場所により陽当たりは異なり、樹の種類は様々。同じ種類でも個性は違い、この世は無限で……

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出港前に

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船上からポーンと投げられた舫綱(もやいづな)の先にある細い綱を受け止め、たぐり寄せ、先の輪を繋船柱にかける。舳先と艫。久里浜、金谷、那覇、渡嘉敷……どこの港で眺めていても、彼らの動きには無駄がない。ごく稀に受けそこなうこともあるけれど!

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「本日の刺身定食」は鮪、ハマチ、〆鯵で、700円。定食用の “厚切りの量たっぷり” は、酒飲み老人にはあまり適さない。入り口にいた店長さんが「テーブル1番!」と声をかけたのに「カウンター1番」の隅っこに案内され、窮屈な思いをしたことも響いているかも。

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塩釜で疲れきって電車で松島海岸に戻り、宿の近くにあるホテルの温泉を借りて浸かろうと、足を運ぶ。

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この福浦島に明日は渡って、樹々を見たいと思いながら。

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いつもながらの佗しき晩餐。






松島の秋 1ーー円通院、夜の紅葉

十一月のはじめ、松島の船着場近くに足かけ四日ほど滞在。

紅葉の名所円通院には初日の晩にしか入ることができなかった。昼間は混んでいて、その中にいることが気恥ずかしいが、周りが暗ければ気にならないので。

皆さまと同じことをしたいにもかかわらず、それを共にすることに抵抗があるという身勝手でひねくれた厄介な性格。それを自ら持て余す。

嗚呼、あれからもう二か月ちかく経ってしまう…。

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憐れみか気まぐれかーーシクラメンの球根に

やむを得ず観葉用としていたミニシクラメンを植え替えた。再生を祈りながら。

葉の枯れる春から夏の間は乾燥したまま放っておき、秋になってまた葉が伸びる頃からただ水を遣るだけだったこの三、四年。昨年あたりからは表土が削れて球根の頭が半分見えるほど。瀕死の状態だった。この冬など、葉柄もなよなよとして上に向かって伸びることができず、だらしなく横たわっている。

それでもなお買ったときの栽培用ポットから出すこともなく、そのまま小さなスープカップに放り込んでいた。なぶり殺しにするかのように。

土いじりを止めて久しい。理由はもう忘れた。こちらの心に余裕がなかったのだということにしておこう。

きょうの昼前、このシクラメンの成れの果てがあまりに見すぼらしく、不憫に思えた。

ベランダでホコリをかぶっていたいくつかの植木鉢のうち、紺色の小振りのものを選んで、植え替えた。

古い土を落とし、物入れの奥に眠っていた腐葉土を取り出してきて植えつける。洗面所に持ってゆき、時間をかけてたっぷりと水を施してやる。本来は赤土が適当なのだろうが、用意がない。乾ききった腐葉土をなんとかしてシクラメンのか細い根に密着させてやろうとする。鉢の草木を育む昔の気持ちを思い出しかかる。

球根の肩が露出していた側は根が貧弱で、その上にある葉も小さかった。面倒をみてやらなかった結果があまりに顕わで、この身を責められているような気がするのだった。

冬の真っ只中。この時期の植え替えが適当かどうかは知らない。しかし、どうせ衰弱して枯れるなら、その最期だけでも綺麗な鉢で飾ってやろうとしたのか、それともただの気まぐれか。(まあ、イイや…)

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小鹿野町、夕景夜景ーー秩父訪問余話 4

去る十月の半ばに秩父市小鹿野町に留まること四日。この間、夕焼けが一度だけ見られました。おどろおどろしい色の空と雲。

夜はもっぱら数少ない食堂や呑み屋を巡り、日中のウロつきも合わせて、町の中心部を歩き尽したと思います。道を歩いても人を見ることは稀で、都会では味わえない静けさが有り難いことでした。

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夕刻散策ーーオリオンビールから何やかや、けっきょくウチ飲みで落ち着いて

11月も下旬となった某日。

パソコンが奇跡の復活を遂げ、クラウドファンディングで手に入れた無電源USBスピーカーも驚きの音質で鳴ってくれ、気分上向いて散歩に。

日産スタジアムの周りを老人用のインターバルウォーキングで30分ほど。

十三日の月は東の空高く、夕陽がむこうの木立に沈んでゆくのは16時15分ころ。

今風の角打ち『KOIZUMI』でオリオンビールを発見し、グラスを借りて有り難く頂戴。「沖縄が懐かしい」とは思わないが、このちょっとユルい味わいが好きなので。

飲み終われば折悪しく?居酒屋『うさみ』の開店時間で、仕方なく……。

ちょうど沖縄民謡が有線放送で流れていて、若旦那とオリオンビール談義から始まり、あちらの魚料理、果ては宮古島の様子や下地空港の話を興味深く聞く。

ご常連の新聞配達員さんが現れる前に、総白髪で品のよい老婦人がおいでになると、その前に黙って二合徳利が置かれた。ギンナンを煎ってもらい、お分けすれば、初めて召し上がるという。

カウンターに誰も居ぬうちに店に入り、みなさんが引き上げるのを見届けるようにして、それでもさほど酔うこともなく帰宅。

少し飲み足して、締めはピザトーストもどき。

残っていた豚バラ肉の薄切りに塩を軽く振って片栗粉をまぶし、空のフライパンに広げ並べてじっくり焼き、仕上げに醤油をさっとかけて炒り付けたのは、簡単でうまいものだった。

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霜月の初め、横浜を呑み歩く

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前々日の夕方から旧友としたたかにやった末、iPad は二軒目の寿司屋に、さらにカメラまでタクシーに置き忘れていたことが前日いっぱいかかって判明したというナサケナサ。

iPad は大学キャンパスの植木を管理している友人が朝から銀杏並木で草取りをしているところを訪ねて受け取り、その足で我が家の近所の警察署にカメラを引き取りに向かった。

遺失物となったカメラを警察で受け取るのは以外に時間がかかるものだ。届主であるタクシー会社の報告とこちらの申し立てを突き合わせれば問題なかろうに、会計係の担当の方は丁寧ながらも慎重に確認作業を続ける。

撮影したものに怪しいものが含まれていないか調べられていたのだろうか。最後に撮ったのが終夜営業のトンカツ定食チェーンでで頼んだロースかつ・生ビールセットとキャベツ千切りだったのを忘れていてーーへべれけ状態で、そのようなところに寄ったのを覚えているはずもないーー数日前に港の遊覧フェリーから撮った夜景の内容を話し、しばらくしてようやく引き渡してもらった。

もう昼時になっている。そのまま帰宅して食事を作るのも面倒だったし、そもそも腹もへっていない。朝はまだ暗いうちに目が覚めて、味噌煮込みうどんを作って食べていた。

朝からあちこち出向き、様々な遣り取りがあって片付いたものの、気分は中途半端だった。このようなときはどこかでゆっくり飲むにかぎる(という酒飲みの論理)。

ーーかくして、先ずはいつもの鶴見西寺尾『豊年屋』に。けっして大げさではなく、ここは自分にとっては楽園なのだ。何の気兼ねもなく、延々と居られる。丼物はご飯半分で。

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馬場花木園ではこの時期、見るべき花もない。コサギが居ついているのだろうか。

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『三次青果』はご主人が交通事故で治療中とのことで、休店していた。ご老齢なのに大丈夫だろうか。近所の方々もさぞ困りだろう。まともな質の野菜果物が安く手に入るお店なので。

いつも割れ煎餅を売ってもらいながら世間話をする駄菓子屋の婆さまが向こうからゆっくり歩いてきた。膝の具合が悪いので、立っている姿を見たことはなかった。尋ねるてみると、すぐそこに新しくできた眼科医院に行くという。白内障の検査を先日してもらい、その結果を聞くのだと。「白内障ならこっちが先輩だよ、手術なんてわけないよ」と安心させてやる。

その後、どこをどう歩いたものか記憶も記録もなく、夕方五時の開店を待って新子安駅前の『市民酒蔵 諸星』へ。

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去年の今頃だったか、パソコンのトラブル相談で年に一、ニ度お世話になっているS君とこの店で飲んだことを思い出した。その頃、彼はこの近所に引っ越してきていた。

ショートメールを入れると、折しもこの日は八時ころに立ち寄る予定という。常連なのだ。しかし、それまで待って飲んでいては出来あがってしまうので、再会は諦めた。すでにウーロンハイを二杯は飲み干していたろう。豊年屋でも酒を二本もらっている。

この宵にメールをやりとりするうち、彼の身の上にも様々なことがあったことを知るのだった。

……。

ご店主とS君のことを少し話してから諸星は出たものの、すでに酔っぱらいのアタマとカラダになっている。本能の命ずるままに、横浜そごうに店を出している鰻の老舗『竹葉亭』で鰻を頼むこともなく、いつものように弁当で燗酒を。そしてまた関内のバー『道』へと流れてゆくのだった、嗚呼。

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『パリー』の悠々ーー秩父訪問余話 3

秩父に行ったら訪ねずにおられない食堂『パリー』。ラーメン、ワンタン500。和洋中華食事全般。むろん酒あり。単純で丁寧な作りかたをして優しい食べ物に仕上げてくれます。

でも、平日はたぶん禿頭ヤギ髭の父っつぁん一人で切りもりしているので、そのご覚悟を。食べ終わったら自分で皿鉢を片付けるーーこれは普通の振る舞い方です(個人的基準ですが…)。休日は若い助っ人が来るようになった気配で、ほっとしています。

小鹿野へ往く途中ではシュウマイと焼きそば(ソース)とビール。還りにはべつの中華屋で極不味い餃子を出されたので、口直しにまた立ち寄ってワンタンを作ってもらい、一息つけました。


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一回目:
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二回目:ビール、なし
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あれからひと月、またひと月ーー機内から見る月、柳津宿の月

札幌からの帰り、新千歳空港発17:30のANA便は巨大なB777-200機。いつも札幌行きはLCCのA320だったので、安定感がまるで違う。最近はあまり値段の差が感じられなっているので、もうLCCを使うことはないかもしれない、少なくとも大都市に行くときは。

それはともかく…。

何の考えもなく、A席(左の窓際)を予約していたが、ツイていたのは、この晩は十六夜だったことで。

飛び立って奥羽山脈を縦断、仙台、阿武隈山地、そして房総半島上空に至って右旋回を始めるまで、終始太平洋の上に浮かぶお月様を左手に見ながらの夜間飛行。

もっともこの間、ほとんど眠りこけていた。海面に映る月光を撮ろうとしたものの、根気も体力も尽き果てており、とうてい叶わない。

先程たまたまアルバムをいじっていると、先に会津の柳津で三日間、宿の窓から外を撮った写真がまとまっていた。元同僚たちに戯れで送ったものとみえるが、忘れていた。

夕暮れ時からはじまって、雲間の月、そして朝の光の鮮やかな変化。

その頃はちょうど満月だった。只見川を見下ろす西に開いた部屋で、月は沈む少し前。九月二八日の早朝、寒くて目が覚めたのかどうか。

……。

facebookもブログも、まだまだ札幌はおろか会津にも行き着けないものの、時差短縮のためになるかどうか、先行してこれだけ載せておこうか…。


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ここは何処じゃ? ーーfacbook 往復徒然

夏の終わりの頃、facebook にてーー

「周りに見えるものは、ぜんぜんオレに似つかわしくないけど、現実は現実として正しく受けとめなくちゃ…(渡辺なおみちゃん風に、ちょっと笑みを含みながら)

前のテーブルにいるお二人からはポルトガル語のような滑らかな響きが聞こえてきて、たまにはこういうのもアリかと。

半ば非現実の日没前から今まで。

港内に浮かぶ小さなドック上にこの春から開いているというカフェは静かで何より。

パイナップルサワー580だけでネバるのも心苦しく、バーの開店までしばらく。どうしよう……しゃあない、ハイボール頼もうか。

(けふも棲み家に戻れぬわが身を思いてーーされど頭には何も浮ばぬ虚しさよ)」

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ーーと、夕暮れ時に呟いたらば……

facebookトモダチからコメントを賜る。「存分にお飲みくだされ…」と。

神職に就かれているお方で、何のきっかけによるものか、トモダチとなって久しい。去年の正月に四国松山を訪ねた折、幼なじみのカーキチが、しまなみ海道を渡ってクルマを駆り、彼の務める神社に連れて行ってくれ、感動の対面を果たしたものだった。

応えて、「ハハ、『飲むゾィ!』という今はいいのですが、明日は死んでおるです。ま、よき哉、死につつあることを想いながら、半日ほど死に向かいます。予行演習です。幾度こなせばそこに至ることか 笑。下らぬ呑んべぇへのお優しく温かきお気づかい、おそれいります。ありがたさにまた泣いちょります。御地も安らかな夜でありますように。ハマはエェ夜です! ありがとうございました」。

すると直ちにに彼からの返信ありがたく、「今夜はご自宅へ帰ること敵わぬなら、秋風に身を任せられるのも宜しいかと…。明日は明日の風が吹くであろうことを思い過ごしましょう(^_^)」。それが神の道なのだろうと思っている。むろん彼も酒はお嫌いではない。

そして翌朝に打ちこんだお礼の一筆。「深夜帰宅。3玉189円の醤油ラーメン凍らせていたのを、煮干しと鰹節で出汁とって一杯拵えて食って安眠いたしました。(焼豚も支那竹もなく、目玉焼きと野菜だけだったげっとも、うめがったー!)。お気にかけていただき、まことにありがとうございました。今朝のハマはいい秋日和です。昼前、酒屋の立ち飲みから始まり、深夜、関内のバーまで呑んだくれても、さほどの宿酔は残らず……ただ、今日はもう歩けませぬ 笑」。
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さらにその夕方に付け加えて。「午前中、シゴトする気が湧かず、寝ころがって電子新聞を眺めていたら、テレビ朝日の『じゅん散歩』が桜木町に行っているようで、2分先に開始と。『たまにはテレビ見てみっか。野毛出てくっかな?』と点けてしばらく進んだところで、この “浮かぶカフェ” が出てきてビックリ。そのあとニッポン放送を聞いていたら、林文子市長さんが黄金町のアート祭?やら野毛のジャズ盆踊り祭!? の宣伝をしておりました。fbf の皆さま、こんどのお休みには桜木町にどうぞ。(いまは日吉のカフェ『HUB』のキューバリブレL 270円!で、勿体無くも時間を潰しております)」。

ーーとあるが、はて、この晩は誰と飲んだのであったか?













遅い昼飯、晩飯。野菜が足りない、記憶が飛んでる!ーー沼津からの帰り 4

あらかじめ考えていた行程、気まぐれの寄り道、行き当たりばったりの撮影と飲食を積み重ねた末に、短くも長い四日間がようやく終わろうとしていました。

最後の夕方は、前日の昼に刺身定食をもらった小田原『うおがし』でまたもや過ごすことになり、サバの味噌煮が上がるまでイカの塩辛でちびちびと二合徳利を傾けるのでした。燗酒なら一合ずつ頼むべきところ、二合の方が割安(500:900)だし、この節はヒヤで頼むことが多いとなれば、当然の選択です。(クダラネェ…)

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海苔巻(干瓢)で腹を落ち着けたら、あとは記憶はもちろん写真も二時間空白となっています。

うおがしを出たあとの画像は、鶴見駅改札口で切符を投入する直前の一枚。残っているレシートによれば、途中の買い物は小田原の地下街、農家直売のナスだけ。

ふつうなら小田原から東海道線で横浜へ、そこで乗り換えて我が新横浜ーーと行くべきところ、手前の大船から京浜東北線で座ってゆこうとしたのか。とすれば、さして不自然ではなさそうです。(瓶ビールと酒二合でこの体たらく…)

とはいえ、なぜ鶴見に降り立ったのかは不明。

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ーー切符の背景は JR鶴見駅、鶴見線の入り口。

中華『栄理』での炒飯は、以前の親父さんのコテコテ炒め流儀から脱却した兄ちゃんの新しい炒め方が感じられたことでした。

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それにしてもオヤジさん、どうしちゃったのだろう。この頃、見かけない。バアさんに聞くのも憚られ、こんど台湾スナック『恵ちゃん』でニイちゃんに出会ったら尋ねてみなくては。

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ーー最後の最後で思わぬ寄り道の末、新横浜には21時49分着。フゥ……

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バイク憧れジジイの血が騒ぐーー秩父訪問余話 2

バイク野郎共のカフェ 。ピカピカの HONDA CB450(クジラ)と250に、ちょっと否かなり興奮 @小鹿野/秩父

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旅館に入るまでの時間を持て余し、さりとて既に疲れ果てて歩き続けることもできない。

ふだんはカフェなどに縁はなく、開いている食堂もないので仕方なしに入ってみたところ、いや~驚きました。

『Moto Green Cafe』
http://www.moto-gg.com/

ーー詳しくは本編にて。乞うご期待。いつになるか分かんないけど(笑。




沼津余滴ーー大手町の居酒屋『たか木』にて一酌

昼下がりから夜中までのお店。オヤジさんご苦労さま。坦々と仕事される姿勢には敬服するばかり。

宿に入る途中に見つけていて、9月2日の遅い晩飯…。

先客は地元のご夫婦と勤め人が二人ほど。ご夫婦は勘定を頼んでいるところ。ありがたい、ゆっくりできる。

小分け皿にシッカリと盛られた野菜類はお通し。日中に三島で鯖塩焼きや餃子ラーメンでずいぶん栄養をつけていたので、この日の栄養はこれで充分。

とはいえ、ウーロンハイも二杯目となると、やはり物足りなく、軽く鶏の皮をタレで二本焼いてもらう。

ーーむかしの話でスミマセン。本編に組み込み損ないまして…。

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『たか木』
https://tabelog.com/shizuoka/A2205/A220501/22000485/





湿性花園から温泉に戻ってーー沼津からの帰り 3

泊った宿は箱根に兄弟館がいくつかあって、泊りの前後に何処の湯にも入れる仕組みなのが、ありがたいところです。預けていた荷物を引き取ったあと、湯本に下る途中の「塔ノ沢 一の湯本館」の風呂を借りることにしていました。

この湯が素晴らしく良く、次はこちらの古い造りのまさに「旅館」に世話になるかと思ったものの、一人客を泊めてくれるかどうか。

さて、この温泉。どういう文句だったか忘れましたが、「不便さを楽しんでください」という意味の張り紙がどこかにあって、そのとおりなのでした。

シャワーなどありはしない。上がり湯がなんと掛け流しなのです。三人がゆったり並ぶその前に、奥行き一尺には足りない「上がり湯が溢れる堀」が横に長くのびているではありませんか。その熱い湯を手桶で汲んで、水でうめて使うという、この歳にして初めて出会う風呂場なので。

湯船の湯も熱めで澄み、ジンジンと効く感じ、効能は知りませんが。何より清潔で心地良いので、いつまでも留まっていたくなる温泉でした。

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なんのことはない、湿性花園の売店に並んでいたホトトギス。


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安藤広重が「箱根七湯」を描いていたようで。

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感動ものの流し場。身も心も正される感じで。他に誰もいなければ、それだけ気をつけて使わねばと思ってしまうのは、ビョーキと言われても仕方がないか…。


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銅板を叩いて成形したであろう流し台は、継ぎ目がどこにあったか。その機能に徹した美しさに魅かれる。


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湯で火照った身体をしばらくここで落ち着けていると、チャイナから来たらしい娘さんがスマホを延々と操っていた。あまり黙ったままなのも失礼と思い、片言の中国語と英語で話しかけてみると、学生ではなく北京で働いているという。

前日に cheng-tian(成田)に着いて heng-bang(横浜)に泊ったというのが解るまでに、こちらは iPad で地図を出したり、あちらはスマホでホテルの予約票を出したりして一苦労というお笑い。

互いの暇つぶしにはなったかもしれない。


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考えてみると、二時になるというのにまだ昼飯をとっておらず、売店でカップ麺を買い、ポットの湯でこしらえるかどうか、ずいぶん迷った。が、前の晩がカップ焼きソバだったこともあって、あまりに侘しいと思い、小田原の街に出るまで我慢することにした。

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湯本駅まで下る道から看おろす早川の流れ。雨が上がって半日、水が澄んできた。


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湿性花園の池の端に咲いているサギソウはあまりに乱雑で撮影できず、鉢に植えられたものを記念撮影。

我が鶴見馬場の花木園でも以前は有志の方が育てていらしたが、近ごろは見られぬようで、寂しく思っていたところ。







箱根湿性花園の閑散ありがたくーー沼津からの帰り 2

三島、沼津をさまよった最終日は、箱根塔ノ沢の宿から仙石原の湿性花園にバスで向かい、帰りに本館の温泉を浴び、小田原で呑み食いして帰宅したのでした。

箱根山の上り口、塔ノ沢の宿を出るときは晴れていて暑くなりそうだったのに、バスに乗っている途中から雨がフロントガラスを打ち、着いてみたら寒くて、薄いジャンパーを取りだします。山は、怖い。しかし園内では、雨は降りそうで降らず、お借りした傘は使わずじまい。

水辺の木々と草の群れの取り合わせには、いつ来ても、どのような天気でも観入ってしまいます。

しかしこの日は、雨はようよう上がったものの風が強く、静止した物体しか捉えられないカメラというものが恨めしいことでした。“風の息” をはかりながら、その合間の一瞬にシャッターを切ることが続きます。電池の減りもなぜか早くて、園を出るころにはメモ用カメラに切り替えざるを得ず、泣きたくなりました。

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参った、メガネがないーー秩父訪問余話 1

たぶんさっき寄った焼肉・スナック・ラーメンの『足寄 』(なんでこの秩父でアショロなんじゃ!)に老眼鏡を置き忘れた。ちょっと前に横浜日吉の『鳥よし』にこれも多分忘れてきたメガネに引き続いて。

たまたま遭った盲目の方を以前、バス、電車で案内して、その歩き方について様々伺ったことがあった。横浜の鶴見から東京神田まで、月一回出かけられるという、至って上品で慎しみ深い老婦人だった。

新横浜から二駅ほど、白い杖を携えて悠々と進む婦人の手助けを控えめにすることもあった。至って明るく振る舞う方だった。盲目であることへの引け目など微塵も感じさせないのには驚嘆したものだった。

いずれのときも彼女らの精神の強靭さと明るさを感ずるのだった。鶴見の貴婦人には、たしか二度お逢いした。そしてつい最近、地元のご婦人が駅のホームをエレベーター目指して元気に進んでいるお姿を見かけた。

だから何なのかと問われるか。

……。

実感を言えば、わたしには彼女らのような生き方はできません。絶対に無理です。おそらく死ぬことばかり考えるでしょう。

モノを見て、観ようとすることばかり思う日々にあって、目で見られないことは、わたしにとっては意味のない生活です。なぜ生きているか、わからない。

左様なことは忘れろ、一瞬を生きよという。それは真でしょう。

しかし凡夫の哀しさ、そこまでは行きつけません。致し方ありません。

稀有な存在として、彼女たちを聖人と思っています。

ーーと綴るまで、ふだんの二倍以上の時間を費やしています。もどかしさからくる絶望。これまで打った文字を確かめることができず、忸怩たるおもいです。

あまりに見えないので、このへんで……

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〈先月半ば(2018年10月)に何日かお邪魔した秩父の小鹿野町ほかの本論(笑)をさしおいて、どうでもイイことばかりを書き付けようとしています。しょーがねーなー、その前の月の沼津からの帰りのお話も残ってんのに……〉








台風接近中の移動日は虚しくーー沼津からの帰り 1

今年は台風の襲来を受けることたびたび。娘婿の実家がある東大阪は、六月の大阪府北部地震に始まり、台風の直撃が二度あって、見舞状を送ったほどでした。

この九月四日は台風二一号が正午ころ徳島南部に上陸し、一四時には神戸に再上陸という状況にあって、沼津にのんびり留まってもおられず、朝飯も食わぬまま早々に電車に乗り込みました。

とはいえ、ずいぶん前に安い宿泊券を手に入れていた箱根湯本の宿には午後三時からしか入れない。以前なら小田原でハシゴ酒していればよかったのですが、もうそのような体力はなく、時間を潰すのに苦労しました。

雨降りでは公園のベンチで過ごすこともできず、キャリーケースを引いて小田原、そして小田急の箱根湯本駅あたりを彷徨う惨めさ。雨もますます激しくて…。

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乗った電車はとなりの三島止まりで、乗り継いで熱海行きに。その熱海でまた乗り継ぐ。


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小田急線小田原駅の「箱根そば」。ふだん自宅での揚げ物は、後始末が面倒で、外出すると自然、こういうものが欲しくなる。


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おろしたばかりの簡易靴のファスナーが壊れてしまい、使い物にならない忌々しさ。ABCマートで手頃な一足を見つけて履きかえ、向かい側の今風喫茶店の隅、しかし窓際の明るい席に陣取り、冷たいコーヒー一杯で魚食堂『うおがし』の開店までネバる。


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昼の刺身定食900円(鮪、鯛、太刀魚)だが、沼津漁港の白身刺身(縞鰺、平目)500円と比べて魅力がない。


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とはいえ客は年輩者ばかりなので、落ち着くことはできる。



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問題は、宿に入れる夕方四時までどう過ごすか…。まだ正午前。



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小田原から箱根へ。



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箱根湯本駅近く、早川の流れは激しく、濁っている。

このあと大きなホテルのロビーや土産物店街を足どり重く行ったり来たりすること、二時間ほど。


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ようやく宿にたどり着く。たぶん五千円だった宿泊券にしては、とびきり上等の部屋だった。


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紅葉の頃はさぞかしと思う窓の外。


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毎度おきまりのヤド晩酌。モヤシはこちらで使い切らねば…。


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さんまの蒲焼缶詰、お久しぶり。


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ーーと、これにて晩餐は終了。


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朝五時半。雨は上がった模様。


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「🎵夜明けのコーヒー」お一人様で。どこの宿から持ち帰ったコーヒーか、不明。


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毎朝同じ献立とみられる。晩飯もおそらく。自炊の薄味に慣れているので、すこしツラい。

一泊だけでいいというお客の都合と宿の経営の折り合うところ、食事はこういう形態になるのだろう。連泊したければ別の宿へどうぞ、という。



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ウチでは出汁の素をちょっとしか使わないので、美味しすぎる豚汁。質素メシが恋しくなった。






樹々は濡れて秋の色にーーきょうの散歩

先の台風がもたらした強い潮風で、ことしのハマではもう紅葉黄葉は望めぬものとあきらめていた。桜の葉はチリチリになって色が半ば変わったところで止まり、銀杏もまた吹き付けられた南側の葉先が醜く変色しているのだから。

雨降りは夕方からという予報だったのに、寝転がっていても仕方がないと正午過ぎに家を出るときには、もう降りはじめていた。

向かい側の日産スタジアムでは昨日今日とフリーマーケットという。何か乾物や野菜、またハムなどの掘り出し物があるか、この前のような安い青森ニンニクは出ていないかと出かけたものの、古着と雑貨ばかり。

かわいそうに、昼から雨とあっては、商売にならない。客は集まらず、売り物も濡れてしまうので、ほとんどが撤収中という有り様で、場所代はどうなるのか、儲けもないだろうと、他人事ながら気になってしまう。

東門から入ったものの、ろくに店が開いていないので、反対側の西門から出て小机の町に抜けようとしていたのに、気がつくと、さっき鳴っていた太鼓集団の音が聞こえる。反対側でも催し物があったのかと思ったが、景色が西門のそれではない。虚しくも一周巡っていた。なさけなや。

仕方なく家に戻るのだった。

とはいえ帰り道の公園で見られた樹木は、乾ききった葉が雨に湿り、好ましい色に変わってくれていた。塩害も気にならないほどに。これをもって本日の収穫ということにしよう。

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