告別式の帰りに薔薇園で梅見、何もかもしっくりせず……

旧職場で同期仲間だった友人の細君が病んで三年半、先日亡くなられた。その最期は奇跡のように穏やかで、苦しむことなく静かに逝かれたという。

告別式のあと、故人と就職試験で隣り合わせて以来の仲というこちらの妻と共に帰る電車の中、喋り続ける女とウナダレて聞くだけの男の図。他人様はただのカカア天下と見ていたのだろう。

猫が待っているからという妻と別れて途中下車し、いつもの横浜イングリッシュガーデンに向かうのだった。

正午過ぎで酒を飲む気も起こらない。横浜野毛の飲み屋街は休日で混みあっているだろう。庭園は冬枯れで見るべきものもなかろうが、新しいカメラの試し撮りのためにはそのくらいが良かろう。そんな投げやりな気分で。

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華やかな薔薇や紫陽花を見慣れている目には、きちんと剪定された薔薇の苗や洋物の園芸種に混じって一本ずつ植えられたごく普通の紅梅また白梅は、いかにもちぐはぐで、場違いの感が強い。新品カメラの操作にもまだ慣れない。

ーー気持ちの状態、さまざまな条件あれやこれやうち重なり、どうも興が乗らない午後だった。





温泉をハシゴしてゲストハウスにーー「日帰り温泉」のはずが……その3

午後もまだ二時前。いつもの日帰り湯、一の湯本館に客の影はない。

昔の温泉の姿がそのままに残る浴室は、今どきの温泉とは趣が異なり控えめな広さであるだけに却って、ひとり静かに浸かっていると、じつに落ち着いた心地になれるのが有り難い。

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湯から上がって身支度し、大きな囲炉裏のあるロビーでいつものように缶チューハイをすすりながら、これからどうしたものかと思いを巡らせると、蕎麦屋『はつ花』での酒も効いてきて、想像妄想こもごもにたくましくなり、この日は近所にあるゲストハウスに泊まることにしてしまった。いつもの「帰りたくない病」が顔を出したのだろう。閉まっていた洋食屋『スコット』を翌日に訪ねてみたいという思いも手伝ったのかもしれない。

時間の余裕は気持ちの余裕。帰宅せねばという制約を解かれ、箱根での滞在時間が一日分増えたという解放感は大きい。旅に出て旅程が伸ばせるとなったときの嬉しさは、こたえられないものなのだ。

昨年の秋のこと、この囲炉裏端で休憩していると、向こうに中国からと見える娘さんがスマホを操っている。チェックインできる時間まで待っていたものだろう。聞けば、前日に成田に着き、横浜に宿泊したという。片言の中国語と英語、そしてタブレットを使ってのたどたどしい会話のため、互いの自己紹介と翌日の行き先の話くらいで別れるのだった。はじめ学生と見ていたのが、普通の勤めをしているというのが意外だった。

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湯本駅までなだらかな坂を下ってゆくと、湯の町には場違いにも見える靴屋があり、履きやすさに重きをおいたものをそろえているらしい。何に惹かれたものか、店内をひやかしながら先刻『はつ花』蕎麦店で貰ってきた天かすを店番の奥さんに差し上げたりして雑談が弾んでいた。と、気まぐれに試した軟らかそうなスリッポンが驚くほど足に合い、気に入ってしまった。ふだん購入する靴の三倍ほどの値札がついている。

ここ五年ほど癌が転移し、入退院と抗癌剤治療を続けている四十年来の友がいる。不思議なことに彼とはこれまで、横浜の下町の鄙びた商店街をウロついている時に出くわすことが三度ほどあった。ある時その男が裸足のまま履いていた靴が、そのようなスリッポンだった。彼を哀れみ悲しむ思い、心地よい履き心地、それをほろ酔い気分が勢いづけたのだろう、包んでくれるよう頼んでしまうのだった。

駅に着く手前に、日帰り湯のできる一の湯新館への案内板があった。急な坂道が続き、日暮れも迫っていたが、時間のあるのを幸い、訪ねて見ることにした。間も無く期限切れの入浴券が、あと二枚残っていたので。

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今度は近頃の旅宿泊施設らしい温泉で、露天風呂もあり、折から数名いたハイキング帰りの方々とは特に話を交わすこともなく、また身体を温めることとなった。

火照った身を落ち着け、外に出ればすっかり闇の箱根となっている。宿泊客は大きなトランクケースを引く外人が目立った。

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暗い林の細道を無人の塔ノ沢駅までたどり、そこから湯本駅までの一区間を電車で下ると、閉店の早い商店街は降りているシャッターが目立った。

夕食を摂っておかなければならない。

観光色のない所でと思っても、そのような店は、スコットをはじめ、居酒屋『鈴鹿』、中華の『日清亭』いずれも開いていない。仕方なく、さして食欲はなかったが、焼肉『山賊ホルモン』への急な階段を上るのだった。

じつはこの店、二度目の入店で、先の仙石原ススキ見物の際も昼食時に訪ね、ホルモン定食を食べていた。炭火での網焼き方式。以前はお粥の店だったが、二年ほど前に造り変えたとのことだった。使用している椅子が我が家の食卓のものと同じで、調理担当の寡黙な奥さんと素直な店員さんたちが気持ちよかったのを覚えていた。

店内はほぼ満席だったので、吹きさらしのテラス席にひとり陣取ることにした。店員さんがしきりに寒さを心配してくれるので、身体は温泉で十分に温まっている。それに酒で内側から温めれば大丈夫とうそぶいて笑わすのだった。

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カメラ、新調しましたーーFUJIFILM 二本立てに

ここ四年ほど主にメモ用に使っていたのは型落ちで買った SONY RX100 でしたが、四度目の故障をしました。これ以上修理代を払うのがアホらしくなったので、思い切って昨年発売されたカメラを購入してしまいました。

FUJIFILM FX10。前々から愛用の同社 X20と共通する部分が多く、しかも新しいだけあって、高感度撮影ほか、勝る機能が少なくありません。単焦点28mm(35mm判換算)レンズでボディが薄いので携帯が楽な上、コントラストの微妙な調整もX20同様にできるので、普段使い以上に働いてくれそうです。

ただ残念なことに、iPadとの連動を期待していたものの、そのソフトの評判がよろしくないのです。もっともローテク爺いはそれ以前に、このソフトを取り込むことができないのですが……。

わたしには珍しく、黒い仕上げでなく、洒落たシャンパンゴールドのを求めました。この形と使いかたで真っ黒というのは重苦しい気がしたので。

ーーと今日、もう一台の X20 がイカれたら換えようとしていた X-T20の後継機 X-T30 が発売されたと知りました。つまりこれからは、型落ちした X-T20が安い値で手に入るわけです。

こちらはレンズ交換ができるので、わたしのカメラ遍歴は、ここが終点となるでしょう。つまり、FX10 と X-T20の二本立てです。

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三日目は黄葉の定山渓で倹約旅ーー幼な馴染み男女八人札幌行き 2

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冬の北海道、毎度ながら室内の暑さには閉口する。客のいない町はずれの居酒屋などでは稀に寒さを感ずることもあるが、南関東に住み、二十度に満たぬ乏しい暖房の中で過ごしているこちらのような者にとって、ホテルや食堂の暖房は苦痛ですらある。

もっともそのような感想は、旅行者の勝手にすぎず、その地に暮らし続ける方々にとっては、肉体と精神それぞれの面で必然のことに違いない。

この「暖房被害」はさっそく現れている。仲間と別れての翌朝ーー。

(2018年10月22日 午前8:39)
宛先: 伊藤 , 星野
件名: おはよー (^^)

こっちは去年の今頃来たときと同じような中島公園を見下ろしてます。紅葉の盛りは二、三日先かも。

部屋が暑く、ほとんど裸で寝ていて、起きたら右脚に冷えによる激痛が来やがった。脂汗かきながら風呂に湯を張って30分ほど浸かり、ようやく人心地ついたよ。けど、尻から脚にかけて半ば麻痺していて、今日は外に出られないかも…。今またレッグウォーマーつけ、長ズボンパジャマで寝てます。

ーーと。

二日目のこの日はホテルから中心街まで少し歩き、食事して戻っただけというのは前回に記したとおりだが、三日目も変わらず意気はあがらない。あまり歩きたくもない。温泉でゆっくりできぬものかと検索してみると、うまい具合に何となく行ってみたいと思っていた定山渓に日帰り湯があり、しかも無料の送迎バスがあるというではないか。まさに渡りに船。

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札幌市地下鉄南北線、南の終点真駒内駅に降り立てば、風は市街部では感じられなかったほどに冷たく、粉雪が顔に吹きつけて痛い。駅構内のコンビニ店で握り飯を一つ買い、温泉への送迎バスの中で食べることにした。

なお余計なことながら、前の晩は、日が暮れてからまた部屋を出て、いつも世話になる大衆酒場『まねきや 南二条店』のホヤの塩辛やセロリ漬物などでサッポロクラシックをやったあと、すすきの交差点近くのカレー・餃子専門『みよしの』でカレー330円を食べていた。

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(2018年10月23日 午前10:03)
宛先: 吉川
件名: Re: おはよう@吉川

おはようさんです。
新しいアドレス、ご連絡ありがとうございます。これ、届くかな?

いま10時前、定山渓の日帰り温泉無料送迎バスの中です。路線バスに乗ったら片道880なんで、とても無理。ちょうど温泉に浸かりたかったので、一挙両得。同乗の25人ほどは、我々と同じか先輩のジジババ。

道中、左右の景色もいいね。

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(2018年10月23日 午後11:38)
宛先: 仲間全員
件名: Re: ご報告(第三日)定山渓の日帰り湯

ヒデちゃん c.c. 皆さん

お疲れのところ、ご丁寧なお知らせをありがとう。無事ご帰還、何よりです。そして、どうも好企画のお骨折り、ホントにありがとネ。みなさん喜んでくれたら嬉しいことです。

オレはオレで、この夏の暑さを考えながら紅葉の時季を計った甲斐があったよ。去年よりやはり少し遅れてると思う。札幌は週末に冷え込むらしく、それで一挙に進むんだろう。

こっちの今日メシは、お送りしたように昼が鯖味噌煮定食だったのに、夕方またあの “初日に入れなかった居酒屋” の晩酌セット(おでん〈大根白滝竹輪〉、串カツ、セロリ漬物、酒なら二本で1,000)で、昨夜に続いてチビチビやってたら、締め鯖を追加で頼んでいたという、鯖サバの一日だった。ハマじゃ頼むのに勇気いるからね、シメサバ。締めて1,512円。ンマかった~……

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そのあと古い店(芸能人の色紙が天井にまでべったり張り込めているのは、あんまり好きじゃない)で、自分でこさえるような作り方の味噌ラーメン750。

濃い目の味噌スープの中で、最初は硬かった煮豚はほぐれて良い味を出し、塩抜きして茹でただけだった素の支那竹も味噌味がしみてきて程よい味になることに、老舗の年季を思うことだった。「ゆっくり味わってくださいね」という。あ、むろんのこと、お好みの西山ラーメンだったよ。その前の餃子ビールが1,000。

ーーこれはこれで豪華な晩餐だった、オレにしては、ってことだけどサ 笑。みなさんと違ってやっぱり、ごちそうは苦手だよ…。朝飯はセブンのお握りを温泉送迎バスの中で食っただけだし。

7時過ぎ、中島公園を走る無灯火自転車を怒鳴りつけながら宿に戻った。グッタリ疲れて倒れこみ、「よく寝たー!」と思ったら、まだ10時だったよ…。

ほんじゃまた!

もう紅葉は3年見なくていいって言うヒデちゃんはゲンナリすんだろけど、おれ来月は松島と群馬渡良瀬で紅葉見物だよ~ン (^^)v いつまで動けっか分かんないからね。







いやはや、こちらがSOSーー横浜大倉山の梅見に行けず、爺さん二人痛む

梅園に行く途中、図書館にある「再利用コーナー」に古本を置いてこようと出かけたまではよかった。

図書館近くのコンビニ入り口に爺さまがへたりこみ、若い店員が抱き上げようと苦労している。

手伝ううちに、こちらの腰が抜けてしまった。ほとんどギックリ腰の再発という状態で。

すぐ近所に一人暮らししているというので、あんパンやヨーグルトの入った買い物袋を預かり、こちらも覚束ない足取りで見守りながらついて行く。また倒れられたら、周りに助けを乞うことしかできない老人二人。

休み休み歩く途中で聞けば、正月に室内で転び、股の筋肉を痛めたが、歩くのが辛いので医者にも行けぬまま寝たきりだという。食も細くなり、力が入らない。

「情けねぇ、情けねぇ、まだ七十になったばかりなのに」と水っぱなを拭う余裕もなく繰り返す。細面で優しい目つき。

コンビニ店から百メートルも離れていないアパートまで、幾度も立ったまま休憩しながら、どれほどかかったことか。

二階建てアパートの一階というので、まずは安心した。何とか戸口までは無事そうだ。上り階段で何かあったら、とても対処できない。

扉を開けると、六畳一間と流しに風呂。部屋は南向きだが、雨戸を閉めたままで、暖房を入れている様子もない。ここで布団にくるまったまま日を送っているご同輩の境涯は、暮しぶりに差はあっても、三つ年下のこちらと大して変わらない。

別れぎわ、互いに名乗ったあと、こちらの電話番号を伝えて、何かあったら呼んでくれ、できるだけのことはするからと伝えたものの、電話は使っていないという。ではまた様子を見にくるからと言っても、起きて鍵を開けられないだろうという。万事休す。

それから半日。こちらもあの爺さま同様に寝たきりの状態となってしまった。寝返りもできない。そもそも、立った状態から寝床に横たわるのが一番辛いのだ。休みがあけたら按摩さんのところに何とかして行かねば……。それまではコルセットでごまかそう。

じい様については、按摩さんに我が身を落ち着けてもらってから、区役所に相談に行くことにしよう。高齢者支援の担当窓口があるようだから。あのままでは死んでしまう。ーーうつ伏せになってベッドに倒れこみ、身動きがとれぬまま途方に暮れる我が身の先々を見やる思い。

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(なお、写真の梅は二年前に見たものです。きょうは爺さまと別れ、図書館の用をかろうじて済ませたあと梅園に向かったものの、停留所二つ分歩いたところで動けなくなり、あきらめて家に戻ったので)

「大倉山梅林、再訪。今年の梅は見納めか……」
https://kogatak.at.webry.info/201602/article_6.html



〈後記〉
連休明けに区役所の老人福祉担当窓口を訪ねて事情を伝えると、幸いなことに親身に聴き取ってくれた。彼の住う地区の担当員がすぐに出張ってくれるというので、アパートに案内した。頼りがいありそうな三十代の男性だった。こちらは按摩治療の帰りですでにくたびれていたが、なんとかその足取りについて行く。

アパートの近所にある介護サービス団体の方も加わって、このたびのケガや日常生活、また家庭の状況を確認したうえで、結局は早々に入院する運びとなった。た易い話ではなかった。

当人は人さまに迷惑をかけたくないと、しきりに辞退する。とはいえ老人特有の意固地ではなく、あくまで遠慮の気持ちと見たので、意を尽くして説得し、時には強い言葉で脅しながら、ようやく同意を得たのであった。

これを綴っている今、おそらく救急車でいずれかの病院に運ばれていることだろう。

ーー皆と別れて一人、久しぶりの “真剣な仕事” 後の高揚のままでは帰宅することもならず、というか、それを口実に、何度か通った蕎麦屋で一酌し、まずは落ち着くのだった。

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ひと日のメシ 1

せねばならぬこと、片付けなくては収まらぬことが溜まるばかり。なのに寄り道ばかりしているオレは何なのだと己を苛みながら、またもや成り行きに任せて下らぬことを始めようとしている…嗚呼。

「外食は敵だ!」を実践する日々にあって、それなら自宅でどのようなメシを食べているか。いつから撮りはじめたのか忘れたが、食卓にのせる皿や鉢の記録写真を見ながら、思いつくことをぼちぼち記してゆこうか。一連の続き物となればお慰み。

さて、つい先ごろの朝飯。10時08分。

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なんとも遅い朝飯だ。べつに宿酔だった形跡もない。ほん三日前のことなのに、日誌の行間を埋めるべき記憶が全然なく、まことになさけない。深夜一時に寝て八時に起床とあるが、それから十時の朝飯まで何をしていたか、皆目わからない。天気が良かったので掃除でもしていたのだろうか。「昼前洗濯、床のスチーム拭き」とは日誌にあるのだが。

さて、朝っぱらからソース焼きそばとは、我ながらそのいい加減さに呆れる。そのときはそういう気分と腹具合だったのだろうと諦めるほかないのだが。

以前は「正しい日本の朝食」をこしらえていたのに、このひと月ほどは食パンを焼いたり、作りおいた冷凍ホットケーキを温めたりして食べることもあるというダラけた状態が続いている。

とはいえ、台所に立てばシャンとした体でテキパキと一皿一鉢を作ってしまうので。





十三年前、夏ーー風邪の床で昔のブログを読み返す

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あまりに喉が痛むので目が覚めた。薬の類の持ち合わせはない。何か紛らしてくれるものはないかと台所を探したが、旅から戻ったばかりで、冷蔵庫の中は空っぽ同然。いつもなら葱をたっぷり刻んで簡単な味噌汁をこしらえるところなのだが、人参と玉葱くらいしかない。

乾物の置き場を漁ると、小さなパック入りの水飴があった。よく見ると八戸の農産物直売所で求めたもので、甘藷澱粉と麦芽から作り上げたものらしい。そういえば他の土産物屋にも置いてあったような気がする。彼の地の名物なのか。

「ノド飴というものがあるのだから、これでも舐めてみるか」と割り箸の先で搦めとる。一休さんになったような心持ちなのが可笑しい。

舌の奥の方に箸先をくわえ、上顎との間で温めると、飴がゆっくり融けて奥に流れこむにつれて、なにがしか喉の痛みが引いていくように感じられた。

……。

いったん深い眠りに落ちたところで目覚めてしまったので、無理して眠りに戻るのも面倒なので、昨日閲覧されたブログの記録を眺めていた。検索されたものの中に、2006年8月の17本目のブログがあった。当時テレビで放送されていた「世界の中心で、愛をさけぶ」の或る回を採録して感想を付したものだった。

それにしても、当時は月に17編以上も作っていたというのには驚く。鬱病で休職しながら職場にしがみついていた時期である。おそらく、心身の調子が悪かったのにそれを見つめる目は健在だったのだろう。それにひきかえ、さして苦労せずに生活はできるが、何もまとめる気がしない、しようとしても出来ない当節の落ちぶれようはどうだ。

その末尾に、拙文を読んでくれた方々とのやりとりがあった。自分も、そして有り難くも読んでくださった方も、ずいぶん真摯に人生に向き合っていたとみえる。

先日の月例飲み会の際、優能な年下の友が、今どきの四十代以下の人間は、手紙なんて書きませんよと言っていた。「お前ら、それじゃあどうやって自分の気持ちを伝えるんだよ!」と憤っても、応えはない。

十数年の時の経過を思わざるを得ない。


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「『世界の中心で、愛をさけぶ』再見――悲しいときは悲しく過ごすべし」
https://kogatak.at.webry.info/200608/article_17.html

ちび
2006/09/02 01:11
スヌーピーの生みの親であるシュルツの絵本に『Happiness is・・・』というのがあります。子供向けの絵本(まあ、絵本には子供向けも大人向けもないかもしれませんが)ですが1ページ1ページにしあわせとは・・・の例が出ている。たとえば「しあわせとは・・・お休みの日の朝」みたいな感じ。ほかの「しあわせ」は忘れちゃったけれど、ひとつ、子供心に忘れられなかったのが「Happiness is a sad song(しあわせとは悲しい歌)」というものでした。ちょっと大きくなるまではこの意味がわからなかった。本当に悲しいときに悲しい歌を聞いて泣きつづけたあと、洗い流されたような気持ちになって、この「しあわせ」の意味を知りました。「しあわせとは楽しい歌」ではないんだな、と。

ちびさんへ
2006/09/02 04:25
カタルシスということがありますよね。辞書によれば、悲劇を見ることによって鬱積した感情が開放されて、快感を味わう。また、精神的苦悩を外部に表出することによってコンプレックスを開放する。=浄化。「世界の中心…」は、いつも悩み深いわたしにとって、そのことであったことを知ります。スヌーピー にもその記述があるのですか。意味は深長ですよね。子供には分かってもらえないでしょうが。ありがとうございます、おしえていただいて。ちびさん、サイト(というのかな?)はないのですか。もしなかったら、はじめられたらいかがですか? きのうは日中疲れ果てて、早い時間に寝て、起きて飯を食い、また寝たのですが、四時前に目覚めてしまいました。こんな自由な朝は“楽しい”もの、もうけものです。

まて
2006/09/05 05:30
カタルシスか・・・アタクシも哀しい時は哀しい曲を聴いて寂しい場所に行って、哀しみにどっぷり漬かるのが好きです。泣くのもいいですよね。

まてさんへ
2006/09/05 22:42
ご来場感謝します。読んでもらえないと張り合いがないモンで…。
江戸時代だと思いますが、白隠という禅の和尚さんがいて、病む時は病むようにというようなことを言っておられたといいます。ありのままの自分を受け入れろ、と。でも、あんまり自分ばかり見ていると、なまなかな心では、自分が壊れてしまうんですよね。このへんがむずかしい。

まて
2006/09/06 15:32
植物を育てるのも良いかとは思いますが、猫などを飼われてはいかがでしょうか?
犬だとお散歩が大変ですが。
o(^^ )o--------⊆^U)┬┬~...


まてさんへ
2006/09/06 20:15
かわいい犬君の文字、楽しめます。
 それを捨ててきた本宅では猫を飼っていて、ある時期には二匹いました。動物はコリゴリです。人間の生活に入り込みすぎます。
 人と人の煩わしさから逃れてきた者には、物言わぬ植物がよりいとおしく思えます。この家に越してきた半年前、友人から贈られた(というより、押し付けられた!)オモトなどからはじまって、ベランダにはもう、棚でも買わないと、植木鉢が置ききれません。菊とポトスを差し芽したのが急速にふくれあがっています。本宅では机の上にちぢこまっていたコーヒーの苗は、肥料をやってベランダに出したら、葉の長さがそれまでの五倍を超えて生い茂り、根元の苔ばかり目立っていたポトスも、びっくりするほど葉を伸ばし、ひろげています。
 暑い中を帰宅すると、するのはまず鉢に水をやることです、「ただいま」と言いながら。
 それも今夕の涼しさでは、お休みです。

松島の秋 4ーー濡れ落ち葉に心惹かれ、福浦島ふたたび

雨風が去った福浦島は、草木好きの者にとってはこたえられない森で、島内の至る所で目を惹かれながら、朝9時前から11時過ぎまでゆったり過ごすことができた。至福の時間。

松の枝ぶりと島々との重なり、紅葉し黄葉した樹々の枝の交錯具合、実生の苗がつける葉が昨日の雨に濡れて深みを増した色合い、そしてくっきりとした形。目立たぬ場所に生える山茶花の花のなんと鮮やかなこと。そして、手入れが最少限度に留められた森の樹木の伸び伸びとして自然な様は、その中をそぞろ歩く者の気持を鎮めてくれる。

きのうの雨には泣かされたが、この湿りを帯びた奥深い色味を見ることができたのだから、恨むまい、恨むまい。

さして広くない森ながら、めったに人と会うことはないのが、また有り難いのだった。

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二日目は中島公園からすすき野へーー幼な馴染み男女八人札幌行き 1

羽田から皆そろって出発し、札幌二条市場裏の地元民ご用達食堂での昼食、観光ビール園でのあまり特色ない夕食、そしてホテル居室に集っての飲み会のあと、わたし一人別れて別の安宿に泊まり、以後はずっと別行動という、異常な同窓会旅行の顛末。

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翌日、皆に宛てて送ったメールは……


(2018年10月22日 午後6時33分)
皆さま
ゆうべはかなり酒をいただいたのに、ジンギスカンを常になくたくさん食べさせてもらったので、二日酔なしで爽快な朝でした。しかし、起き上がるとすぐに、このところよくある右尻と脚の激痛が来て、困り果てました。長いこと湯船につかっていても、しびれは残り……。

一日寝ているかと思ったものの、こちらのホテルから見下ろせる中島公園があまりにキレイだったので、無理して出かけました。

公園内で二時間ほど撮影して昼どきにはすでにクタクタ。でも、朝から食ってなかったので、メシ屋探しながら結局すすき野まで歩いちゃいました。バカみたい。

デパートの地下に手ごろな食堂兼一杯飲み屋があったので、シラスおろし180、チキン南蛮320でサッポロ赤星ビール(中瓶)550。

そのあとまた適当なラーメン屋探しながらも見当たらず、いつもの新ラーメン横丁どん詰まりの店で味噌ラーメンを食うのでした。

帰りは地下鉄で一駅。足がもう止まる寸前でした。9,242歩で限界超えの本日。疲れた~~

皆様におかれては、定山渓から洞爺湖へとさぞ実りあるドライブだったでしょう。温泉には入りたいけれど、もしご一緒していても、高級旅館の豪華料理にはたぶん手が出ないと思います。酒も飲めない。食欲皆無。

明日は支笏湖方面ですか、のんびりやってくださいね (^。^)/


ーーとまあ、こちらは佗しき一人旅、あちらは大名旅行の威勢。べつに後を追うつもりもなかったが、翌日は足を延ばして定山渓の紅葉見物に行ってみようかと漠然と思いながら、札幌の秋、二日目の陽は暮れるのだった。

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箱根湯本『はつ花』の冷したぬき蕎麦は呑み助の友ーー「日帰り温泉」のはずが……その2

午後の半ば、すでに日陰となった川の流れを見下ろしながら燗酒をやっていたのは二、三年前の夏の頃だったろう、うす汚ない木綿地の帽子をカウンター下の棚に置き忘れてそのままにしていたのが、湯本の蕎麦屋『はつ花』本店だった。

『スコット』の洋食を食べそこね、川を渡ったのだが、なんとこちらも定休日ときたものだ。

とはいえ、その先の別館へどうぞとの案内がある。

昼どきの有名店は敬遠したいところだが、温泉に浸る前に何か腹に収めておきたい。朝は安直にもマクドナルドで200円のソーセージマフィンセットだったから。

このような繁盛店での一人客は肩身がせまい。大きなテーブルの片隅でちびちびと酒を舐めながら、向かい側の不作法な連中のザマを眺めなくてはならないのが辛い。

いったいどういう神経でそういう見ぐるしい食い方をするのかと、ほとほと呆れるばかり。若者だけでなく、いい年配のきちんとした身なりをしたご婦人たちの中にも。醜く食い散らかし、箸を放り投げたままの膳を他人様に見られて恥ずかしいと思わないのだろうか…。

それはともかく、山葵の茎の酢の物は乙なものだ。ずいぶん昔、部下の女性の父親が山で採ってきたというのを分けてもらったことがあった。ビニール袋に入れて熱湯を少し注ぎ入れ、全体にまぶして軽く熱を通すと伝え聞いた。その香りを思い出させてくれる一皿だった。

盛り蕎麦にするかどうか散々迷った末に注文した冷やしたぬき蕎麦は、まさに酒の肴および締めにうってつけのものだった。

蒲鉾の天麩羅とは意外で珍しいが、肴としては格好で、野菜とともに揚げ具合良く、冷たい山菜の浅い塩味、多めの刻み海苔や天かすも有り難い。

なお、帰り際にふと見ると、天かすをご自由にお持ちくださいといって、小袋に入れておいてあるので、ありがたく頂戴したが、この後に寄った靴屋の店員さんに差し上げることとなった経緯は、また改めて…。

燗酒はいずれもこちらが「もう、いい時分だろう」という頃に上げてきてくれて、これもまた結構なものだった。

ーーと、いつになったら温泉のくだりに移れるのだろうか!

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箱根湯本でまずは昼メシーー「日帰り温泉」のはずが…… その1

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五割引で購入した日帰り温泉券の期限が迫っていたので、貧乏人根性は止めようもなく、年明け早々に那覇から戻ったばかりで、まだくたびれてはいたが、朝の混雑も収まった下りの東海道線に乗って出かけることにした。

温泉に入れるのは午後一時からなので、去年、仙石原のススキ見物に行った帰り、晩酌と夕食を兼ねて立ち寄った湯本の洋食『スコット』で軽くひっかけてからと目論んでいた。

熱海の老舗洋食店『スコット』は名が通っているが、こちらは聞いたことがない。この晩に初めて通りかかり、ふらりと入ってみた。ほかに目ぼしい飲み屋が見つからなかったので。

扉を開けると正面のテーブルに屈みこんでなにか読んでいたのは、ご亭主だった。驚いたように顔を上げる。オペラの岡村喬生さんそっくりの面貌と体躯に、この人の手になる料理が期待できた。

洋食屋には珍しくホッピーが置いてあるので頼むと、タンブラーでも大きめのものに並々と「三冷」ホッピーが満たされていた。焼酎・ホッピー・タンブラーがキンキンに冷やされ、氷は入れない。

焼酎の割合が本場の横須賀ホッピー並みに多くて、とてもお代わりできたものではない。しばらく後、飲み物と一緒に頼んだ串カツの皿を運んできたご亭主に、酒の濃さを笑いながら嘆くと、ウチはなんでもたっぷりですからと胸を張るのだった。

その言葉どおりに串カツもごく大ぶりで、しかも揚げ加減程よく、肉の旨さ華やかさが口に広がるので、あらためて献立表を見直すと、たしかに600円なのに驚く。特大特濃ホッピーは500円。これはスゴイ。

もうここで胃袋を仕上げようと決めてお願いしたトースト(200円)も、客の少ない店にして当然ではあれ、注文を受けてから切り分けたに違いなく、バターとパン本来の味を思い起こさせてくれ、満ち足りた晩飯が頂けた。限定10食という海老出し味噌汁(100円)を頼もうにも、すでに満腹。

すでに7時をまわったこのころになると、ご常連と見えるご近所の会社の女性副経営者と課長が、仕事の話がてらにサラダやトンカツでビールをやったり、また「お久しぶり~」と飛び込んできた旦那は、あとから来るという息子はカレーで、自分はビールにウインナ、オムレツとりあえず……などと、店に活気が出てくる。ご亭主の奥さんも手伝いに来られる。

店内はどなたの趣味か、人形や映画のポスターなどが無雑作に張られたり置かれたりしている。壁に掛けられた額に、ご亭主若かりし頃の写真があって、なかなか凛々しい。そこに付された年齢と撮影年からすると、こちらより二つ三つ年長で、しかし元気あふれる立ち居振る舞いには脱帽のほかない。

店を出て辺りを一回り。見番(芸者さんの事務所)前の路地で浩々とした満月をぼんやりと見上げていると、どこへ行っていたのかご亭主が店に戻ってきた。

ぶっきらぼうに「さっきはごっつぉうさんでした。お月さま、きれいだよ」と声を掛けると、「え、どれどれ、おう、気がつかなかった」。爺い二人して薄暗い路地から月を仰ぐ図は、滑稽だったかもしれない。

ーーというわけで、このたび日帰り湯行きに当たっての昼飲みはこの店と決めて訪ねたものの、あいにくのお休みではないか。

「くぅ…」とショゲていも始まらないので、進路を一転、蕎麦の『はつ花』に向かって裏通りをさらに進むのだった。

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横浜本牧三溪園、年始の四日ーー『江戸清』ちらし寿司(並)の深さ、ありがたく…

べつに暮れも新年もないノッペラボウな暮しの身。そういえば三が日というものがあり、明けたこの日、いつもの三溪園をいつもどおりに訪ねてみることになった。

常ならば園内を拝見したあとにバス通りにもどり、寿司と蕎麦の『江戸清』で一杯やる。が、この日は洗濯が長引いたのか、家を出るのが遅れていた。横浜からバスで本牧に着いたのがちょうど昼時。腹がへっていたので、まずはこちらの店で飲み食いしたあとに庭園を巡ることとなった。

それにしても、江戸清のちらし寿司(並)1,050円はお値打ちで、貧乏飲んべえには毎度ながらありがたい限り。蒲鉾に施した包丁目と細工、繊細な錨の形に整えた酢生姜漬。なによりも寿司種の確かさは、小肌の締め加減、鮪の舌触りの滑らかさにあらわれる。ふだんは鮪の刺身など注文することはないこの身にして、別皿での追加を頼もうかと思ったほどの上品な味わいとトロみで、「エ! 鮪って、こんなにうまいものだったっけ」と驚くのだった。さらに平目は大ぶりに切りつけられて充実し、海老も蛸も食べ応え充分なので。とりわけ、寿司飯の上には丁寧に干瓢や刻み海苔、さらに、ちらし寿司にには意外な擦り胡麻も加わる。上質の奈良漬が添えられて、ご飯の頂き方として申し分ない。こうした寿司種と寿司飯、それをつなぐ具という理想の酒肴がこの価格で口にできるのは、幸せというほかないではないか。

ーーちらし寿司の味わいかたは様々で、奥深さも限りないのに、それに合わせてさらに旨みを増すべき酒が、もうあまり飲めなくなっているのが悔しい……。

バス通り沿いとはいえ、浮ついた観光や行楽の客はいないし、躾の悪い子供もいない。安心して燗酒をちびちびやれるのが何より有り難い。


『江戸清』
https://tabelog.com/kanagawa/A1401/A140106/14001585/

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競馬場へ。年末某日川崎散歩ーーお馬さんを撮るのは難し~~

川崎の競馬場を年下の友人と初めて見物したのは昨年の夏だったか。彼がなぜ誘ってきたか、どうしても思い出せない。

とはいえ、前々から競走馬が走る姿をじかに見たかったところなので、急なメールの誘いではあっても、快く応じた。遊びの誘いを断ることがないことは、むこうもよく分かってのこと。

互いに「飲む」のは好きだが、マジメ中年と貧乏ジジイでは「打つ」ことも「買う」こともできない。

場内をあちこち覗いて巡りながら生ビールを買い、ふたレースほど観戦した。競馬場から駅辺りまでの帰り道は覚えているのだが、どこの店で飲んだのか記憶がなく、まったく情けない。

年の暮れ、ぽっかりと空いた日があった。川崎競馬が行われているという電車の吊るし広告が頭の片隅に残っていたので、望遠ズームレンズを付けた重いカメラをリュックサックに詰めて出かけた。

大半の方々は賭け事、勝負事のために集まってきているが、単に馬が走るのを見たいというこちら同様、競馬場を公園とみて憩い、走路内側に設けてある遊具場で幼な子を遊ばせている近所の若奥様も少なくない。

さて写真を、と取りかかったが、すぐ目の前にじっとしている木や草花相手のふだんと違って、遠くを高速で走り抜ける馬を写し撮るのは容易でない。

なにせ、彼がちょうどいい間合いにやってくるのは、ほんの一瞬。我が旧式の一眼デジタルカメラには高速連写などという機能は備わっていない。ましてやピントが合うまでにも時間がかかるとあっては、とうてい役に立たない。

あらかじめピントを一点に定めて馬がそこに来る一瞬を捉えようとしても、シャッターボタンをジジイが押すときには、哀しや、馬は通り過ぎている…。

次回は方針を変えて、流し撮りするに適当な場所を探すことにしようか…。あっさりとあきらめて、メモ用カメラに持ち換え、競馬場内の風物を眺めることにした。

いつもなら帰りに一杯やるところ、この日は競馬場の開くまで間があったので、あらかじめ昼下がりの『養老乃瀧 京急川崎駅前店』で揚げ豆腐に焼酎少しのウーロンハイ。そして『丸大ホール』でラーメンだけもらってから、競馬場行きの無料バスに乗っていた。

夕暮れ時の稲毛神社には思いがけなく子規の句碑があった。「六郷の 橋まで来たり 春の風」と。

蛇足ながら、居心地よさそうな蕎麦屋なども見つけたが、めずらしいことにまっすぐ帰宅したのは、相応の時間に近所のスーパーで「チキンカツ 150」を買ったレシートがあるので、確からしい。

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松島の秋 3ーー福浦島は風雨強く、捲土重来を期す

前々から雨降りと知りながら、朝一番で福浦島に渡った。この島のことは松島の地に訪れてから知ったのだが、他の島々とは異なり、地形が複雑で多種多様の草花、樹木が生育しているというので、これはもう、行ってみるしかなかった。

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人が通るだけの橋は先の震災で損壊したのを、有り難いことに、台湾の景勝地、日月潭の観光船業者の皆さんが義援金を募って下さったのをもとに修復されたという。頭が下がる。

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ところが、寒冷前線の接近にともなって風雨が次第に強まり、とても耐えがたいので、しばらく雨宿りしていた弁天堂から引き返すことに決した。遊歩道の中ほどまでしか進めなかったことになる。

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帰りに橋を渡る時は、宿で借りた傘が強風を受け、身体もろとも海に吹き落されるかと怖れを感じるほどに橋の幅は狭く、欄干も低く見えたので、傘をすぼめ、身をかがめ、300メートル近くも続く橋をそろそろとたどるしかないのだった。

橋のたもとの休憩所に戻り、いや、避難してというところか、串刺しの餅を温めてもらってやっと一息。靴もズボンもずぶ濡れで、寒い。

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前日夕方に前を通りかかり、夕飯はここで世話になろうとしていたが、一回りして行ってみると、すでに閉店していたラーメン屋さんがあった。親父さんが店の入り口でタバコをくゆらせていたのは、夕方の仕事前の一服ではなく、一日の仕事終いだった。

再び土砂降りをついて店に着き、傘の雨を払って中を覗くと、昼食どきを外したつもりが、席が埋まっていた。が、よくみると幸いにも一卓空いていた。客のほとんどは観光バスの運転士、ガイドさんで、それぞれ話が弾んでいる。

こちらは一人申し訳なさそうな顔で、調理場の親父さんの仕事の進め方を肴に、寒いのにビールをすすり、冷や酒をなめ、餃子と炒飯の豪華な昼メシをゆっくりいただくのだった。

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午後もまだ半ば。宿に戻るのももったいないので、瑞巌寺に寄ってみると、前夜には気がつかなかった山門脇の紅葉が見事だった。

その近くに置かれた「芭蕉翁奥の細道松島の文」と銘された重厚な碑は、雨に濡れて黒ぐろとした光を潜め、刻まれた撰文の流麗かつ剛毅zな筆致と相まった風格に魅かれて、しばらくの間そこを離れることができないのだった。

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ーーと感慨に浸り続けられるはずもない生身の貧乏旅人は、宿に戻れば、靴にたっぷりとしみ込んだ水分を乾かし、ズボンを干す作業に没頭せざるを得ないのだった。「無茶をするからだ」と笑わば笑え。

靴の水気を取るためにお願いしたら、何と英字紙の古新聞を恵んでくださった宿のご主人の厚意は忘れまい。それなくしては、続く三日間の旅程は満足に成り立たなかったのだから。

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新春立ち飲み日記@野毛ーーとはいえ、スミマセン!去年のお話

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正月の人混みもおさまったかと、久しぶりに横浜野毛にある立ち飲みの『石松』さんに参上したのは昨日の昼過ぎ。

いつもクールなリーゼント髪のお姐さんに会うのは半年ぶりくらいだろう。昔から年齢不詳のこのひと。こちらも月に一度くらいしか行けないので仕方もないけれど、あまり顔を見ないので心配してたんだよ姐さん、ほんとに。

常に感情を外に出さない彼女が控えめな笑顔で、はにかむように「今年もよろしく」と声かけてくれるのが、爺いには単純に嬉しい。もう二十年以上も通っていれば、そのようなものか。別にそれ以上の会話はないのだが、こんな呑み屋と客の関係からすれば、ひと言の挨拶で気持ちは温かく満ち足りてしまうので。

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いつもと同じく「イカ納豆」に塩を振ったのを肴にウーロンハイをやっているうち、卵の黄身に目がいって、「これで鯛刺しをやってみるか」と思いついた。宇和島風の鯛飯の気分で。真鯛の刺身は400円。黒鯛刺しもあったが、味がどう違うかは分からない。

ところが、姐さんに頼んでからだいぶ経っても届かない。催促するのは嫌いなので、注文がうまく通らなかったかと諦めて、あらためて何か揚げ物でも頼もうかと思案しているうちに、鯛刺しが来た。

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案にたがわず大正解の美味しさだった。

となりに立っていた爺さんに、「これ旨ぇから、ちっとやってみな、黄身と醤油たっぷり付けて」と勧めてやった。お返しにもらった鶏わさは、控えめの湯通し加減で、これまた結構なものだった。

これをきっかけに賭け事好きの爺さんの話を長々と聞くうち、焼酎の量がタンブラーの四分目まで入っている350円のウーロンハイは二杯目となるのだった。

余計なことながら、この焼酎は正午の開店ころに行くと、姐さんが慎重にタンブラーに注いで、棚にずらりと二十杯ほど並べているのだ。注文が入ると、これに緑茶なり烏龍茶を注ぎ、氷をすこしいれてくれる。三杯飲むと危うくなる。

かなりきこしめしての帰り際に調理場の父っつあんとニイちゃんに「ごっつぁんでした!」と声をかけると、「今年もどうぞよろしく」と、ふたりから声が返って来た。

つごう1,500円ほどで気分上々となり、地上に出ると昼も盛り。三時の約束までまだすこし間があるので、人影まばらな野毛の街をぶらつくのだった。

(ーーその末に、一夜明けての今、鎌倉材木座の食堂兼木賃宿にて宿酔未だ醒めず……)




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札所からの帰り道ーー秩父訪問余話 7

その昔、「帰り道は遠かった…」という歌があったが、これまでの経験からいえば、同じ道を戻るときは、往きよりも短く思えるものだ。あの歌の中の「物語」としては、帰りの道筋を長く感じたのだろうから、文句を言うつもりはないが。

観音院からバス停留所までの帰りは緩やかな下り坂で、その先に予定もなく、まだ午後も早かったので、気楽なことこの上なく、紅葉また黄葉の始まりかけた草木をゆっくりと眺めることができた。数年前の駆け足巡拝の時とは大違い。

遅い昼飯をとろうとして途中で立ち寄ったのは、静かそうで商売気のない佇まいで、『山田家』という。もっと立派な構えの蕎麦屋もあったが、どうも大仰で気が乗らず、客もかなり居る様子だったので、前を通り過ぎた。

囲炉裏のストーブでは薪が焚かれ、茶色い餅をヤカンの脇に直に並べて焼いている。おかみさんがおやつにでもするのか。栃の実を使って作っているという。時々やって来る息子さんに持たせてやるのだと。

干した栃の実を水や灰汁でさらしたり、昔ながらのやり方で作っている。薪ストーブはその灰汁を用意するために焚いているそうな。店の奥の方、灯りも点していないところで、ゴザの上には干した栃の実が広げられていた。

天ざる蕎麦900円は、少し扁平な打ち方の蕎麦に、ツユも確かな味わいで、結構なものだった。天ぷらも土地の野菜を揚げたのがこんもりと添えられて。

二本目の銚子とともに新しい漬物を出してくれたが、何の菜なのか分からない。細めの高菜のようなもので。

蕎麦を打つのはご亭主なのだろう。お二人そろって物静かで、何よりのこと。

この後は度々秩父をお訪ねすることになりそうだが、毎回は無理でも通いたいものだ。

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薄氷張る年の瀬、日暮れ時ーー横浜の小机あたり

臥龍山雲松院の池には薄氷。正月の準備で忙しくしていらした和尚に伺うと、前日の寒さで張ってそのままとのこと。おそらくこの時期、池の面に日は差さないと思われる。お寺は山に囲まれており、北に開けているので。

新横浜公園のはずれにある欅の木立には落ち葉が散り敷いていた。フランス映画『仁義』で、逃げるアラン・ドロンが刑事役のイブ・モンタンに撃たれたのは、こんな林だったな。アンリ・ドカエの撮影による色調は毎度ながら渋くてシビレたーーなどと、寒さに震えながら埒もないことを想い起こすのだった。

ちょうど夕暮れ時。日没は16時35分頃だったか。気温は5度。

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能登の氷見は夕暮れてーー北陸、行きたし、カネは無し

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氷見市『鮨和』で「何かちょっと…」と頼んだら拵えてくれた一皿。

おととしの一月半ば、富山の駅前に泊りながら、氷見と富山市内をうろついていた。

カウンターで独酌すること暫し。奥で揚げ物の音がするので、お寿司屋なのに何?と思っていたら、店のご家族の夕飯用だった。店内、ほかに客はナシ。そもそも町中を歩く人がいない。

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あれからもう三年も経つかーー。

歳が明けたら金沢へと思っていたが、カネの遣り繰りがつかず、押さえてあった宿を解約した。

あの冬は鰤が不漁だったので、今度こそと期待していたが、無念だ。駅前の食堂で定食にほんの一切れついていた鰤刺しの旨さが忘れられない。ふつう関東にいると、鰤やハマチという魚の刺身は生ぐさくて食えたものではないから。北陸フリーきっぷを使って、あちこち歩き、福井の三国港を訪ねてもみたかった。

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鮨和の手前にあったスナック『白扇』にも寄りたかった。まだ日の高いうちーーといっても雲が厚くて薄暗いのだがーーから看板の灯りがついているので扉をあけると、常連らしき奥様たちが店のおかみさんと町の噂話の最中だった。

疎外感の中、それを味わうともなく、かえってひとり黙っていられるのが有り難く、ゆっくりと杯を重ねるうち、表に出たらもう日は暮れていた。

気のいいおかみさんにすすめられて炙ってもらったイカの一夜干しが分厚く、そのあとに寿司をいただく余裕がなかったのはそのせいであったかと、今にして思う。まあ、どうでもよいのだが…。

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蛇足。なぜ氷見に行ったのか。

それは老父がその昔、中学を出ても三男坊でその上の学校に上がれない。そこで勧められたのが富山商船学校という学費のかからない学校で、富山の伏木という所にあったと聞かされていたのだ。

反発心しか覚えない父親ではあるが、旅先として彼の縁がある土地をえらんでしまうのは、もう致し方ない親子の定めのようなものと諦めている。先ごろ訪ねた八戸は、中年のころ単身赴任していた土地であったし。

氷見はその伏木の先、氷見線終点の港町。

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札所「観音院」を訪ねるーー秩父訪問余話 6

宿と町の居心地が良かったので「もう一晩お世話になるか…」と若い女将さんに尋ねてみると、幸い空きがあったので、素泊まりでお願いした。

気持ちと時間にゆとりができた。丸一日かけて札所31番の観音院に行けるという贅沢。贅沢のついでにバスで行ってしまおう。停留所からお寺までさらに3キロ近くあるから、まあ許されるだろうと思って。

何年か前に山門から本堂まで、くねくねと折れ曲がる急な階段を上った記憶がある。般若心経の文字数ほど、276段ともう少しであったか。その日はたしかもう一か寺、小鹿野から秩父に少し戻ったところも巡ったはずなので、上り下りで精一杯だったろう。

今回は階段の途中に点々とある歌碑をじっくりと見ることもできる。お寺への道筋の景色もゆっくり眺められるわけだ。

世の中で見られる風物、得られる思いは数限りない。町の中、市の中、県の中、日本国中。出会う人、見るもの、考えるべきことは、時により所により無限にあるので、ほかの国に行っているヒマなんぞないのだ!(「そりゃあ貧乏人の僻みだろうに」と自ら嗤う)

ーーと、ようやく「余話」でなく「本編」を記すべきところ、集中して物事をまとめる力がない。この秩父行き記録の無秩序、ハチャメチャさ加減に安んじて、見たものだけを挙げ、今回もまた気抜けした旅の記とせざるを得ぬ情けなさ。

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「秩父の札所巡拝55回、なお更新中」というのには舌を巻く。

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ようやく石段が終わる。

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山蔭や 烟の中に 梅の花 闌更翁

ご朱印をいただこうとしたものの、ちょうど昼どきで、弁当を使っていらっしゃる様子だったので、しばしあたりを散策。しかし、終日日が差さぬあろうこの場所は、冷える。

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寒し。湿度高し。

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秩父の札所専用のご朱印帳を購入して、二度目の札所巡りに入るかどうか迷った末、「来年は遠出を控えてこちらの札所ゆっくりまわるか。前回のように頑張ることなく、写真を撮りながら」と思い定めて、あらためて帳面を頂くことにした。

平成参拾年拾月拾六日。二度目の巡拝、ここから始まる。











動けず。秩父の小鹿野にて昨日今日ーー 秩父訪問余話 5

S 先輩へ
日曜日から埼玉秩父の西、小鹿野町に滞在中です。はじめの予定を延ばして水曜まで。

五年ほど前に三十四札所巡りで観音様をお参りしながら駆け足で通り抜けた町のひとつでした。

何となくそのまま捨ておけぬ土地でした、秩父というところは。

有名な秩父祭りになど、何の興味もありません。

いつかも書きましたが、この土地の方々の温かさが嬉しいのです。

札所のお寺からの帰り道、日が落ちてくるのにどの辺りを歩いているか分からず、バスの時間も心配で頼りない気持ちでいる時、向こうから来る子供たちに挨拶の声を掛けられるのは有難く、ほんとうに救われる思いがしたものです。

そんなところでゆっくりしたいと思い、紅葉にもまだ早いので、気楽にメモ用カメラだけ持って出てきまし た。

きのうきょうも町中の道でたまにすれ違う見ず知らずの老婆たちとも、軽く会釈をしながら歩くのでした。

ビールとメンチカツ単品での晩飯となった初日、食堂のおっかさんは、車で宿まで送ってやれないと言って、しきりに済まながっていました。

ーー四代目の主人というこの宿の人たちも、みな温かい心遣いをみせてくれます。

はじめは、ぜんぶで三四ある秩父の札所のうち最後に近いお寺がこの近所に二箇所あるので、ついでに巡ってみようか。調子に乗ればこの際、またすべて巡ることを始めるか。と景気の良いことを思い描きながら出てきました。

しかしもう、とてもいけません。足が動かない。臀部の筋肉がなくて、少し長めに歩くと、翌日痛くて動けない。きょうはずっと町歩き。明日はバスで一箇寺くらい行ってみようか…。

……。

小鹿野はバイク好き連中には「わらじカツ」で有名な町です。まだ食べていません。

秩父名物の豚の味噌漬けも、ほんとうに食べてみたいものの、「自分でこしらえたって大して変わりはないさ。味醂と味噌に漬けて、薄い肉なら一晩置いときゃイイじゃん」などと理由を作って、その実は、あまりお安くはない丼ものに酒を付けるとチト苦しいというところでして…。

加えて、名物といわれるものを周りのお客と同じように頼むのはどうも気が引けてしまう天邪鬼と自意識過剰を、我ながら持て余しています。その結果、あいかわらず地元ジジババ用の食堂でのチープ飲みと宿飲みというわけです。

きょうは町営住宅やアパートの具合を視察するのに、かなりの時間を費やしてしまいました。でも、冬は寒いし、クルマ嫌いの身には暮せないでしょう。

昼前から夕方まで18千歩ほどもウロウロ行ったり来たり。中学生たちの一斉下校風景を眺めたり、最小限の種類と量の品しか置かないガラガラのスーパーで婆ちゃんたちの会話を聴いたり、町内放送で流れていた熊が出た云々というのはどの辺なのかとラーメン屋の兄ちゃんに確かめたりしながら過ごしたことです。

酒はそのラーメン屋でヒヤ酒二杯(冷奴、納豆詰め油揚げ、ラーメンとで1,850)と、宿の自販機にあったキリン本搾りチューハイ一本(330)のみ。

(この先、この滞在をどうまとめてゆけば良いんだろうか……)

〈ーー現地から何かの用あって送ったメールの一部〉


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庭? 空き地? 覗き見て盗み撮り。


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初日の晩飯、メンチカツ単品550。翌日は夕方5時の開店を待ちきれず、寄れなかった『するがや』。地元の皆様の寄合所。


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このポスターが町中の店先に…


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やってます。昼も夜も、幾度この店の前を通ったことか。人気のわらじカツ屋はこの並びにあって、いつも客が多い。


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世話になった須崎旅館の裏手、十輪寺


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「梅咲いて こゝも札所や 十輪寺」
とあるものの、どなたの句か、悲しいことに読み取れない。検索してみたら、京都の十輪寺は洛西観音霊場の札所だが、こちらはむろん秩父の札所でもなく、由来不明。

脇に「梅か香に のつと日の出る 山路かな」と、芭蕉の句碑もある。


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須崎旅館の朝食

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昼酌。コップのヒヤ酒2杯。このあと、油揚げの納豆詰め焼きは、我が晩酌のほぼ定番に。


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前日立ち寄ったバイク好き御用達のカフェ駐車場で。ヤマハSRVの400?それとも600?


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住みやすそう。こんなに広くなくてもいい。大型スーパーまで歩いて10分ほど


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あいかわらず街から離れて住まうことばかり考えて…


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小鹿野中学校の下校時。周辺部から通う生徒用のマイクロバスが、地区ごとに20台ほども次々と発っていった。


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進んで見物したいとも思わず…


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夕食の記録、これ以外の写真ナシ。前の日に買ったチクワの残りとポテトチップスに缶チューハイひと缶で寝ちまったとみえる。


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この四日ほど、雨に遭うことはなかった。