鶴見中華食堂〔栄理〕の憂鬱――その3「息子の世は、いつ来るのか」

この店、主な調理は――というより、餃子以外は、親父がいるかぎり、ラーメンだって親父さんがつくっている。三〇台も後半にかかろうという息子が料理の腕を振るうのは、親父が外に出るときだけである。まず出番がない。年中、餃子ばかり焼いている。

憤りようもないのだろう。いつも小心な、きょとんとした顔付きで、餃子を持ってきてくれる。この歳になってその程度の仕事しかないなんて……哀れなかぎりだ。

何年か前、幼な子が店に来ている姿があった。こんなこと、めったにない。彼の子供の様子で、奥さんが迎えに来ていた。

「あ、彼もれっきとした所帯持ちだったか」と、小子が彼に対して抱いていた憂いの半分は解消した。将来が明るく見えた。

或るときはノートブックのパソコンを部屋の隅で使っていたことがあった。何をしていたものか……。

 

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