横浜野毛〔三幸苑〕のラーメンを食べる

ラーメンを食べ終わって店を出ると、親方が、店の主人が、休憩時間が終わったのだろう、夜七時の五分前、駅の方からやってきた。黙礼してすれ違う。向こうはこちらのことをもちろん知らない。白髪、確たる見識をそなえた顔つき、がっしりした体躯に清潔な白衣をゆるくまとい、七十歳台後半とみえる。人生の先達である。

その姿は、このあいだ店を訪ねた折、混んでいたので奥のカウンター席に座ったとき初めて目にした。続々と入る注文を、悠揚たる顔つきをくずすことなく、急ぐ様子もなく、坦々とこなしていた。彼が“上席”の調理人で、その店の名物の湯麺や炒飯をつくる。注文したラーメンを食べ終わったが、その親方の仕事が見たくて、炒飯を追加してしまった。それは米の一粒一粒が立っていて、均一に炒められ、匙ですくおうとするとハラリと崩れる、文句のつけようのないものだった。

さて、そのラーメンの旨さを何と言おう。この具がいい、スープが、麺が……とりたててこれがということではなくて、一碗まるごとに旨くて、気がつくと食べ終わっているのである。いつも、「ああ、食べてしまった」ともったいなく思う。覚えているのは最後のひとすくいのスープの味で、それは、最初に運ばれてきたときに飲んだスープそのものと醤油の味にチャーシュウの甘い香りや、シナチクの風味が加わっている。思い出す今も、その味はよみがえってくる。

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チャーシュウは上等の肉質で脂身はほとんどなく、加熱したあとに中華の味付け味噌(甜麵醬とか海鮮醬か)に漬け込んだものであろう、表面には黒い色の調味料が二ミリほど沁み込んでいる。ひとかじりごとに旨い肉が二枚。そのほかは、なると巻きこそ入っていないにせよ、昔の東京ラーメンに通じる。シナチク、もやし、ほうれん草、海苔。スープの味の懐かしさは鰹節によるものか。麺は縮れているごく普通のものだが、茹で加減がいつもピタリの状態だ。それでいて、チャーシュウの特徴からくるものか、このラーメンは単なる東京ラーメンの域を超えて、この店でないと食べられない。あの親方が作っている味だ。

いま、1989年刊行の文春文庫ビジュアル版『ベスト オブ ラーメン in Pocket』をみると、当時出していたラーメンの姿が分かるのだが、具は、例のチャーシュウのほかにシナチクともやし、薬味の輪切り葱だけである。しかし、スープの濁り加減と表面に浮いた細かい油は今も変わらない。当時からやさしく、丸い、甘めの味だったのだろう。

89年といえば、ほぼ20年前。親方はすでに今と同じような風格だったに違いない。それにひきかえ当時の親方とほぼ同年の己が身、それだけの風貌をしているかと問われれば、内心恥じ入らざるをえない。

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