なんてこったイ!

お江戸ではマスクをしていないと白い目で見られる。ラジオで聞きました。人前で咳をするなど、もってのほかと。ーー来週末、田町での飲み会に持参すべきマスクを持っていません。

こちら伊豆の伊東のスーパーやドラッグストアでも、マスクや紙類の棚はカラです。拙宅のトイレ紙は、残り1巻きしかありません。ティッシュ紙は今あるだけ。無くなったら、尻はお湯で洗って手拭いを使います。当然です。

先日2万で購入したBSしか視られないテレビ。バラエティ嫌いの老人はそれで十分なのですが、NHKの国際ニュースを眺めていたら、タイのある街の郊外で、使用済みのマスクを普通の洗濯機2台で洗い、アイロンをかけ、新品としてかなりの量を売りさばいて、警察の聴取を受けたとのことでした。このたびの武漢ウィルスにマスクは有効ではない。信頼できるかどうか怪しい WHOがそう言っておるとです。

昨日、ルーターの設定をしてくれたパソコン修理の兄ちゃんは、作業後に「ティッシュペーパーもらえませんか」という。「花粉症なのだけれど、マスクがなくて参っちまって」と嘆きます。仕事はよくでき、純なヤツなのです。でも、鼻水をかんだ紙くずは、台所の屑かごに投げ捨てられたとです。奥さんへの手土産に、先日はハマの中華街で買ってきた乾麺、今度はドリップコーヒーと椎茸を分けてやったのに。礼儀知らずのパカヤロ〜、ポッケに入れて持ち帰らんかい!

ーー以上、ヒロシ風に。

4AA02490-A540-49A0-9CA3-FA48910E0099.JPG





伊豆の下田の爪木崎へ 3ーー茶店にて婆さまたちと横浜川崎の話を

御製の歌碑に涙を落としたあと、水仙や砂浜、また灯台がある岬の端に向かう途中で茶店の老婆に呼びかけられたが、まだ休憩には早い。「帰りに寄るからね〜」と空返事をして通り過ぎる。

あちこち見巡り、だいぶ時間が経ってから人も絶える頃に浜からあがり、行きがけに言った通り、その店に腰を落ち着けることになる。

昼どき過ぎても腹は空いていないので、おでんもうどんも欲しくない。店先の冷蔵ケースから勝手に缶ビールを取り出して席についた。グラスは要らないよ、と言いながら。お茶だけもらうわけにもゆくまい。伊豆特産の地海苔を皿に出してくれた。採った海苔を漉かずに、ただバラして干しただけのもの、だろうか。

婆さま一人が相手だから、気楽でいい。昔は横浜の市電の終点、山元町に住っていたという。その辺りはこちらもよく知っている。学生のころには職を探し、また仕事をサボっては、さまよい歩いていたものだった。丘の上には競馬場の跡があって、辛夷(こぶし)の大樹が三月になれば白い花を無数につける。

そのうち地元のお馴染みさんが入って来る。はじめは爺さまだと思って話していたら、婆さまだったのが可笑しい。

素人ながら川崎のお大師様の近くでご亭主と食堂を開いたところたいそう繁盛して、空気の綺麗な下田に部屋を借り、無理しても毎週通っていたという。高度成長時代で、川崎鶴見の大気汚染がひどい頃だった。こちらは小中学生の時代で鶴見に暮していたと言えば、話は弾む。

ご自身のことを振り返って、周囲が良くしてくれたと、耄碌した様子は全然なく、心から感謝していると見える幸せなお年寄りだった。

帰りのバスの時間がきたので二人とお別れするとき、ありがたいことにお店の婆さまが茶菓子をたくさん包んでくれた。海水浴の時期にでも何か持ってまた様子を見にゆかねばならないだろう。

まだ明るいのでバスは途中で降り、たしか昨年の梅の頃に訪ねた街中を少し歩いてみるつもりだった。

DSCF2091.JPG

DSCF3065.JPG

DSCF2035.JPG

DSCF3109.JPG




伊東便り 6――ワシはなぜ競輪場に行くのか?

海から昇る十六日か十七日の月を感に堪えながら眺め、珍しく何処にも立ち寄ることなく戻り、我が家の下の鰻屋を何気なく覗くと、近所の居酒屋で知りあった男の背中が見える。

戸を開けると、奴さん、ナイター競輪最終レースの着順を熟考中です。この日は5レースに賭けて、珍しく4レース当てたと喜んでいました。もっとも、300円ずつの掛け金なので、儲けは大したことありません。

互いにお湯割の麦焼酎をやりながら聞けば、「毎日やってるオレが言うのもおかしいけど、競輪なんてやめといたほうがいいよ、ぜったい」と真顔です。去年還暦で、ゴルフ場に勤務している彼。

もちろんこちらは、賭ける気はありません。しかし今は、各選手のこれまでのレースぶりについて、考えうるすべてのデータが見られ、「傾向」がつかめるので、ある程度の「予測」をつけることはできます。例えば、それまでの各節における日毎の戦績を見ると、その選手のクセが見えてくることがあり、そこが興味深い。

もっともそれは彼のスマホで見られる詳細なデータでのこと。こちとらのようなトーシローには、レース場に置いてある出走表で見られる大雑把な戦績だけが手掛りです。

先日戯れに、競輪場で予想らしきことをしていました。よほど暇で、頭の調子も良かったのでしょう。これまでの戦績から上位3人を選んで、1〜3着の着順を予想するという、最も常識の線に沿ったものです。「実力」のある選手を自分なりに客観的に選ぼうとする作業。

初回の第8レースは、そのうち2人が3着までに入りました。ところが次のレースでは、同じような基準で選んだつもりが、予想した3人は何と、ドンケツにまとまってレースが終わることになるのです。笑ってしまうではありませんか。それが穴レースであったかどうかまでは、関心がないので忘れました。

彼に言わせると、大筋ではその考え方で良いとのことでした。が、加うるに「その日の流れや運がある。それをつかむことが必要」との玄妙なご託宣が…。とてもついていけません。まして車券を買うなど、思いも及びません。

とはいえ、また天気の良い日には、駅からの送迎バスに乗って競輪場に遊びに行くことでしょう。素人予想もするだろうし、軽く昼の外食をとるにはちょうど良いのです。豚汁もラーメンもかなり美味いし、焼き鳥と酒だけで済ませることもできますから。

1CFF5CAD-2F7E-482B-ADD3-7AAA46A90A53.JPG




伊豆の下田の爪木崎へ 2ーー御製。蒼海の向うに利島を望む

水仙の生える浜に下る前に、駐車場の近く、人のいない芝地を進むと、荒い磯と青く澄んだ海の向うに、伊豆七島のうち大島利島新島がくっきりと見分けられた。

しばらくその青さに打たれたあと振り返ると、大きな歌碑がある。

「はて、何の歌か…」と読み取ろうとしても、とうてい解けない。判る字をたどれば、「御製」とあるではないか。助けを求めて辺りを見回すと、小さな説明板に昭和天皇御製そして香淳皇后御歌、昭和49年のお歌会始、お題は「朝」とあった。

「岡こえて利島はるかに見ゆるかな波風もなき朝のうなばら」

「くれなゐのよこぐものへに光さしつかのまにして伊豆の朝明く」

ご覧になった光景をそのままに詠まれる昭和天皇陛下のご誠実と端正、そして朝の光の動きを優しくとらえられる香淳皇后陛下のご温顔と繊細が偲ばれ、涙があふれる自分が不思議だった。

そういえば、バスがここに来る途中、須崎御用邸の前を通っていた。ご静養でお越しになった時に詠まれたものに違いない。

気まぐれの寄り道で覚えた深い感慨。

DSCF3048.JPG

DSCF3039-2.JPG

DSCF3055.JPG

DSCF3044.JPG