熱海の梅、ひと月前

日々ぼんやりと打ち過ごしているつもりはないのですが、あれこれ中途半端にやり掛けるばかりでまとまらず、今になってようやく熱海梅園の様子を…。去る2月14日のこと。

この前の週にも訪ねたのですが、午後も半ばすぎになると園は日陰になってあまりに寒いので、早々に退散。海岸に近い初めての居酒屋でお湯割焼酎をもらって人心地つき、散り残った熱海桜を見物しながら駅への坂をゆっくり上るのでした。最寄りは来宮駅ながらも坂が急で、とても向かう気になれません。次からはバスに乗って帰ろう……。

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大島暮し、ミニ体験版――娘へのメール

サクちゃん 気を遣わせてトイレ紙を送らせてしまってスマヌね、助かるよ。冗談半分の Facebook を見てくれてたんか、お恥ずかし。

伊東-大島間のジェット船、往復3000円っていう6割引きの切符を使って、今朝から大島に来てる。

泊りは若い連中がやってる民家を改造した気楽なとこ。素泊り2泊で11千円。自分で勝手に肴やメシが作れるのが何よりもありがたいよ。

元は蕎麦屋だったらしく、調理場にはデカい鍋やレンジばかりで、自分が料理人になったように錯覚してしまう。お湯がすぐに沸く強力ガスレンジには恐れいった。調味料や出汁の素、粉や油などは、前の宿泊客が残したもので十分足りるし。

高級旅館高級ホテルより、こういうところの方がずっと休まるのよ、おれにとっては。相客は居らんし。

無人販売所でもらってきたアシタバ150円は、半分は塩炒めで缶酎ハイの肴に。残りは茹でて甘酢に浸し、若い管理人とその友達連中に分けてやった。潜り(モグリじゃなくて diving)の仲間が集まってるみたい。この連中、仕事は様々。町役場の職員やらデザイナーやら。酒は一人しか飲んでいないのが不思議だね。

日曜に獲ってきて寝かせておいたというハマチをすこし分けてもらった。居酒屋の刺身が食えないおれにも極々旨かった。

送ってくれたXO醬で炒飯をこさえてやろうじゃないかい! ありがと〜〜

ふるさと納税のトイレ紙返礼は、富士市も岐阜のどこかも休止らしいよ 笑

この伊豆大島は人口8500。食堂『稲本』の婆ちゃんによれば、島内の小学校は3校。昔は6地区それぞれにあって、生徒数も何倍もあったそうな。日本の田舎は、どこに行ってもこんなものだ。

町中に人通りはない。スーパー店内の狭い通路を譲り合う際のあいさつも皆きちんとしているし、知り合いと出会っても大声を上げることなく、慎ましい。

都会ではこういう光景は見られないよね。ガキは店内を走り回り、オバさんは新しい納豆を探してほじくり返し、散らかしたたまま。その末に、一度取り上げた品物を投げ捨てるように戻すじゃないか。

前後左右にクルマの影がない交差点で、母子連れがマジメに青信号を待ち、手をあげて横断しているのが微笑ましいーーというか痛々しいと言うべきか……。

そういえば、前回訪ねた時、島内観光バスの運転士兼ガイド氏が説明してくれたことを思い出した。

離島に赴任する警察官が言い渡されることの一つは、スーパーの品物は手前に置かれて賞味期限の迫ったものから取るべし、というのだと。船便はいつ止まるか分からないからね。島の人々は仲間を思いを寄せながら暮している。それだけに窮屈なこともあるのだろうけど…。

おれが最後に落ち着くのは、この島かもしれないね。

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なんてこったイ!

お江戸ではマスクをしていないと白い目で見られる。ラジオで聞きました。人前で咳をするなど、もってのほかと。ーー来週末、田町での飲み会に持参すべきマスクを持っていません。

こちら伊豆の伊東のスーパーやドラッグストアでも、マスクや紙類の棚はカラです。拙宅のトイレ紙は、残り1巻きしかありません。ティッシュ紙は今あるだけ。無くなったら、尻はお湯で洗って手拭いを使います。当然です。

先日2万で購入したBSしか視られないテレビ。バラエティ嫌いの老人はそれで十分なのですが、NHKの国際ニュースを眺めていたら、タイのある街の郊外で、使用済みのマスクを普通の洗濯機2台で洗い、アイロンをかけ、新品としてかなりの量を売りさばいて、警察の聴取を受けたとのことでした。このたびの武漢ウィルスにマスクは有効ではない。信頼できるかどうか怪しい WHOがそう言っておるとです。

昨日、ルーターの設定をしてくれたパソコン修理の兄ちゃんは、作業後に「ティッシュペーパーもらえませんか」という。「花粉症なのだけれど、マスクがなくて参っちまって」と嘆きます。仕事はよくでき、純なヤツなのです。でも、鼻水をかんだ紙くずは、台所の屑かごに投げ捨てられたとです。奥さんへの手土産に、先日はハマの中華街で買ってきた乾麺、今度はドリップコーヒーと椎茸を分けてやったのに。礼儀知らずのパカヤロ〜、ポッケに入れて持ち帰らんかい!

ーー以上、ヒロシ風に。

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伊豆の下田の爪木崎へ 3ーー茶店にて婆さまたちと横浜川崎の話を

御製の歌碑に涙を落としたあと、水仙や砂浜、また灯台がある岬の端に向かう途中で茶店の老婆に呼びかけられたが、まだ休憩には早い。「帰りに寄るからね〜」と空返事をして通り過ぎる。

あちこち見巡り、だいぶ時間が経ってから人も絶える頃に浜からあがり、行きがけに言った通り、その店に腰を落ち着けることになる。

昼どき過ぎても腹は空いていないので、おでんもうどんも欲しくない。店先の冷蔵ケースから勝手に缶ビールを取り出して席についた。グラスは要らないよ、と言いながら。お茶だけもらうわけにもゆくまい。伊豆特産の地海苔を皿に出してくれた。採った海苔を漉かずに、ただバラして干しただけのもの、だろうか。

婆さま一人が相手だから、気楽でいい。昔は横浜の市電の終点、山元町に住っていたという。その辺りはこちらもよく知っている。学生のころには職を探し、また仕事をサボっては、さまよい歩いていたものだった。丘の上には競馬場の跡があって、辛夷(こぶし)の大樹が三月になれば白い花を無数につける。

そのうち地元のお馴染みさんが入って来る。はじめは爺さまだと思って話していたら、婆さまだったのが可笑しい。

素人ながら川崎のお大師様の近くでご亭主と食堂を開いたところたいそう繁盛して、空気の綺麗な下田に部屋を借り、無理しても毎週通っていたという。高度成長時代で、川崎鶴見の大気汚染がひどい頃だった。こちらは小中学生の時代で鶴見に暮していたと言えば、話は弾む。

ご自身のことを振り返って、周囲が良くしてくれたと、耄碌した様子は全然なく、心から感謝していると見える幸せなお年寄りだった。

帰りのバスの時間がきたので二人とお別れするとき、ありがたいことにお店の婆さまが茶菓子をたくさん包んでくれた。海水浴の時期にでも何か持ってまた様子を見にゆかねばならないだろう。

まだ明るいのでバスは途中で降り、たしか昨年の梅の頃に訪ねた街中を少し歩いてみるつもりだった。

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伊東便り 6――ワシはなぜ競輪場に行くのか?

海から昇る十六日か十七日の月を感に堪えながら眺め、珍しく何処にも立ち寄ることなく戻り、我が家の下の鰻屋を何気なく覗くと、近所の居酒屋で知りあった男の背中が見える。

戸を開けると、奴さん、ナイター競輪最終レースの着順を熟考中です。この日は5レースに賭けて、珍しく4レース当てたと喜んでいました。もっとも、300円ずつの掛け金なので、儲けは大したことありません。

互いにお湯割の麦焼酎をやりながら聞けば、「毎日やってるオレが言うのもおかしいけど、競輪なんてやめといたほうがいいよ、ぜったい」と真顔です。去年還暦で、ゴルフ場に勤務している彼。

もちろんこちらは、賭ける気はありません。しかし今は、各選手のこれまでのレースぶりについて、考えうるすべてのデータが見られ、「傾向」がつかめるので、ある程度の「予測」をつけることはできます。例えば、それまでの各節における日毎の戦績を見ると、その選手のクセが見えてくることがあり、そこが興味深い。

もっともそれは彼のスマホで見られる詳細なデータでのこと。こちとらのようなトーシローには、レース場に置いてある出走表で見られる大雑把な戦績だけが手掛りです。

先日戯れに、競輪場で予想らしきことをしていました。よほど暇で、頭の調子も良かったのでしょう。これまでの戦績から上位3人を選んで、1〜3着の着順を予想するという、最も常識の線に沿ったものです。「実力」のある選手を自分なりに客観的に選ぼうとする作業。

初回の第8レースは、そのうち2人が3着までに入りました。ところが次のレースでは、同じような基準で選んだつもりが、予想した3人は何と、ドンケツにまとまってレースが終わることになるのです。笑ってしまうではありませんか。それが穴レースであったかどうかまでは、関心がないので忘れました。

彼に言わせると、大筋ではその考え方で良いとのことでした。が、加うるに「その日の流れや運がある。それをつかむことが必要」との玄妙なご託宣が…。とてもついていけません。まして車券を買うなど、思いも及びません。

とはいえ、また天気の良い日には、駅からの送迎バスに乗って競輪場に遊びに行くことでしょう。素人予想もするだろうし、軽く昼の外食をとるにはちょうど良いのです。豚汁もラーメンもかなり美味いし、焼き鳥と酒だけで済ませることもできますから。

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伊豆の下田の爪木崎へ 2ーー御製。蒼海の向うに利島を望む

水仙の生える浜に下る前に、駐車場の近く、人のいない芝地を進むと、荒い磯と青く澄んだ海の向うに、伊豆七島のうち大島利島新島がくっきりと見分けられた。

しばらくその青さに打たれたあと振り返ると、大きな歌碑がある。

「はて、何の歌か…」と読み取ろうとしても、とうてい解けない。判る字をたどれば、「御製」とあるではないか。助けを求めて辺りを見回すと、小さな説明板に昭和天皇御製そして香淳皇后御歌、昭和49年のお歌会始、お題は「朝」とあった。

「岡こえて利島はるかに見ゆるかな波風もなき朝のうなばら」

「くれなゐのよこぐものへに光さしつかのまにして伊豆の朝明く」

ご覧になった光景をそのままに詠まれる昭和天皇陛下のご誠実と端正、そして朝の光の動きを優しくとらえられる香淳皇后陛下のご温顔と繊細が偲ばれ、涙があふれる自分が不思議だった。

そういえば、バスがここに来る途中、須崎御用邸の前を通っていた。ご静養でお越しになった時に詠まれたものに違いない。

気まぐれの寄り道で覚えた深い感慨。

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伊豆の下田の爪木崎へ 1ーー観光写真を撮影しそこなう

水仙の群生地として、ふつうの方はご存じない爪木崎を訪ねたのは、去る1月9日のこと。(いつもながら季節遅れの話題で申し訳ありません)

江戸と横浜で続いた新年会から伊豆に戻り、翌日は動けずに寝ていると、爪木崎の水仙が見頃という。予想より1週間ほど早かった。

下田駅から同行した観光客が一様に目指す水仙の見どころは、北東に面した斜面にある。しかし悲しきヘソ曲がりの当方はそれを嫌い、寄り道をし、遠回りする。

鋭い岩場や向うの伊豆七島の一部を望んでは海の青さに息を呑み、反対方向に回っては光る海を見下ろし、灯台に至る小道では老姉妹に頼まれて写真を撮ってやったのをきっかけに、歩きながら色々な話を聞いたりするうち、肝腎の水仙群生地に着く時分には、太陽は真南を過ぎており、その斜面は日陰になっているではないか。迂闊(うかつ)であった。

思い描いていたような白と黄と緑が鮮かで、青空の下に陰影の強い斜面の光景が見られない。さらに前日の強風に吹き倒されている株も多いのは残念なことだった。

仕方もない。来春を期すことにしよう。その代りに別の景色が見られ、さまざまな年寄り仲間と出会うこともできたとして。
水仙の群生地として、ふつうの方はご存じない爪木崎を訪ねたのは、去る1月9日のこと。(いつもながら季節遅れの写真で申し訳ありません)

江戸と横浜で続いた新年会から伊豆に戻り、翌日は動けずに寝ていると、爪木崎の水仙が見頃という。予想より1週間ほど早かった。

下田駅から同行した観光客が一様に目指す水仙の見どころは、北東に面した斜面にある。しかし悲しきヘソ曲がりの当方はそれを嫌い、寄り道をし、遠回りする。

鋭い岩場や向うの伊豆七島の一部を望んでは海の青さに息を呑み、反対方向に回っては光る海を見下ろし、灯台に至る小道では老姉妹に頼まれて写真を撮ってやったのをきっかけに、歩きながら色々な話を聞いたりするうち、肝腎の水仙群生地に着く時分には、太陽は真南を過ぎており、その斜面は日陰になっているではないか。迂闊(うかつ)であった。

思い描いていたような白と黄と緑が鮮かで、青空の下に陰影の強い斜面の光景が見られない。さらに前日の強風に吹き倒されている株も多いのは残念なことだった。

仕方もない。来春を期すことにしよう。その代りに別の景色が見られ、さまざまな年寄り仲間と出会うこともできたとして。


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伊東便り 5ーー海辺で月を観るまで。夕方から

ひょんなことから、ある婆さまのお宅を突然訪ねることとなり、所期の目的は達せなかったものの、義理は果たすことができた某日の午後。

手ぶらで戻るのももったいない。次のバスまで一時間。辺りを歩いていると、植木を栽培している畑を見つけ、その周りを巡るだけで、恰好の時間つぶしになるのでした。

伊豆川奈の高台からは、島は見えず、湘南から房総半島がよく見渡せるーー婆さまはそう自慢していたのですが、この日は小雨で、灰色の海がわずかに見下ろされるばかり。

伊東の街に戻れば既に夕闇が迫り、あてもなく歩くうち、海側の人家の屋根に十六夜くらいの月が懸かっている。

「これはもしかして…」と浜辺に急ぐと、月に続く光の道が通っているではありませんか。八戸や松島、また安房鴨川という、海から月が上るところで、いつかは眺めたいと思っていたものです。

そのあと二、三日経った夕方、伊東桜木町の蕎麦屋『成木屋 岡支店』で、付き出しの締め鯖で冷や酒をもらいながらオヤジにそのことを話せば、「ホウ、月はどちらから上りますか」などと呑気なことを曰うのには笑ってしまいました。西の山の方から上るもんかいな…。

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伊東便り 4――きのうの伊東の焼き鳥屋

古くから続くもつ焼き『ひさご』は、七、八年前になるか、はじめてこの町で泊った晩に入った飲み屋でした。

豚のモツ、焼鳥また魚の干物のほかにソース焼きそばと餃子があって、この餃子がなかなかのものです。皮がひらひらと薄くて滑らかで、具もあっさりふんわり。調合されて出されるつけダレは、ふだんは敬遠するのですが、ここのは絶妙の加減で、気に入っています。まだ一度しか頼んでませんが。

昨夜は土曜日とは知らずに入ってしまい、観光の方々が次々とやってきて、手伝いのお友達が来る七時まで、おっかさんがてんてこ舞い。

その間はお通しのタヌキ豆腐(いつも同じ小鉢ながらも温豆腐・極上揚げ玉・刻み葱と濃い目の掛け出汁の組合せが結構なのです)も出されぬままーーあとになってゴメンなさいと持ってきてくれたけれどーーボトルの焼酎をいつもながら自分で好きに割るお湯でチビチビやって、お客がはける頃に頼んだシロをタレで二本焼いてもらって八百円。払いはいつも千円に届きません。

ボトルは二階堂焼酎が三千円だったか、ひと月半くらいで一本の調子で空いています。お店にとっては良い客なのかどうか、わかりません。

丁寧ではあっても客に媚びない、あっさり目のおっかさんです。「何十年も行ってないけど、先代はだいぶ変った婆さまだった」と、ある居酒屋のオバさんが評していました。

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注文はいつも一、二品。そのほかにこんなのもあります。

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熱海桜をたどって網代から多賀へ――東伊豆の春 1

去る一月の末のこと。横浜から戻ってくる伊東線の車窓から、桜が見事に咲いているのが、寝ぼけ眼に留まった。街路樹の端の方に三本ほど並んでいる。

その前も後も疲れて寝込んでいたので、どのあたりだったか分らなかったが、桜樹の向こうの海岸線や、たしか公園の手前側に咲いていたという記憶をつなぎ合わせ、網代あたりだろうと見当をつけた。沿線の風景と地名がまだ頭に入っていない頼りなさよ。

翌日早くに出かけ、あてずっぽうで網代駅で降りてみた。わが伊東からは二駅。目指す桜はその手前には見えなかった。熱海方向に北上して先に進むしかない。

海辺に向かうと、国道沿いの公園に桜の木があったが、前日の場所ではない。そこは電車からは見えないところにあるから。行く手には小高い丘が海に突き出ている。目指す桜はその先だろうか。

「参ったな、あまり歩きたくないよ…」。へこたれながら思案もつかず、仕方なく目の前の桜を撮ろうとしたが、どうもうまくゆかない。と、同年配の男性がカメラを首からぶら下げながらやってくる。メジロを追っている様子で。

隠居同士の気安さから、例の桜のありかを尋ねてみた。はたして、丘の向こうらしい。小山臨海公園の道路際に生える桜のうち熱海桜の三本が咲いていると、まさに前日の記憶どおりのことを正確に答えてくださる。

急ぐこともないので、四方山の立ち話をすれば、ご自宅は東北の日本海側にある町ではあるが、網代のマンションと行ったり来たりしているという優雅な方なのだった。熱海市の「別荘税」が固定資産税と同じほどであるとか、地元自然愛好家のカメラクラブのこと、近所の花の見どころ、鳥の種類などなど、話題は尽きない。

そのなかで、目指す桜のさらに先、隣駅の伊豆多賀から熱海高校にかけての高台に、熱海桜の遊歩道が整備されているというので、天気が良いので足を延ばす気になった。

別れるときに連絡先を交していたので、翌日になってメールを送ってみると、あちらは元気なことにその日の午後、遠路、湘南の二宮に出向き、駅近くの吾妻山公園に上り、菜の花畑越しに富士山を狙ったが、あいにくなことに、お山は隠れていたと返ってきた。以来、やりとりは途絶えている。

この日、朝飯は作る気がしなかったので、自宅近くのラーメン飲み屋『福みつ』でラーメンを作ってもらい、昼は網代の民家の玄関先に出ていた無人販売箱にあるミカンを三つほど。その残りはラーメン屋に「くーチャン、おみやげだよー」と置いて、まだ明るいうちの帰還となった。


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伊東便り 3――今日の桜。松川、郵便局裏手 2月28日

鉛色の空の下。故障したLEDスタンドを持って大型電気店に修理依頼に行く途中の川辺に、何という種類なのか、桜の老樹が見事に花をつけていました。

いつもなら競輪場行きのバスで、いったん競輪場まで乗せてもらい、少時過ごしてからおもむろに電気店への道をたどるのですが、新型ウィルス拡散防止のため、競輪場は入場禁止で、バスは通いません。往復5キロほどの歩きですが、慣れた道で、いろいろな店や川の流れもあるので、べつに大したこともなく感じられます。

きのうは港近くの観光会館前で、同じ種類の桜が盛りを終えていました。そこから2キロほど上流、この場所ではハラハラ散りかけて今日が一番の状態でしたが、いかんせん曇り空で、花の色が映えません。

まあ、これはこれで美しさを掬(すく)いとるとして、良しとしましょう。

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