円谷幸吉さんが食べたもののことーー福島県あちらこちら

Hさん 故郷での寂しい法事を済ませ、翌日は例によって県内の温泉に行ってきました。県南に位置する我が白河から、県北福島の手前、安達太良山の入り口に岳温泉というところがあるのです。

まだ時間が早かったので、どこかに寄り道しようと、東北本線を北上しながら路線図を見ると、郡山以外には須賀川くらいしか、何かありそうな街は見当たりません。どこかで適当に下車し、木や花を求めて当てもなく歩き回る気は、とうてい起きず、梅雨明けと思える酷い暑さでもあり。

列車に揺られながら検索してみたところ、須賀川ゆかりの人物として、特撮の円谷英二、陸上競技の円谷幸吉が浮かんできました。

ウルトラQにはお世話になったけれど、ウルトラマンはどうもなぁという世代であり、たまたま先週あたりに新聞の連載でマラソンの君原健二さんが取り上げられていて、円谷選手との関わりを読んだばかりなので、迷わず「円谷幸吉メモリアルホール」を目指しました。

先の東京オリンピックのマラソンで、国立競技場にアベベに続いて2位で入ってきたものの、あと200メートル程のところでイギリスのヒートリーに抜き去られた場面は忘れられないのです。その後の自殺のことも。わたしが小学6年の時でした。
https://m.youtube.com/watch?v=3iYvrxH4bMw

Hさん、岡山の方のご丹精の結晶である白桃、そして亡き恋人との桃にまつわる甘美きわまりない思い出をフェイスブックに綴っておいででしたね。

それとは全然かけ離れ、色気のない桃の思い出です。小学生の頃、夏休みに帰省すると、舗装などしていない駅前のバス乗り場近くに農家の方々がたくさん来ていて、竹籠に入れた桃を並べて売っていたような気がするのです。休みのはじめには桃、ひと月経って、嫌々ながらに横浜に戻る頃には、青リンゴにかわっていたかもしれません。こちらより一回り歳上の同県人、円谷選手の桃体験は如何だったのでしょうか。

彼がふるさとを最後に訪れたのは、その中にある「三日」という一語と自殺した日、ご馳走になった品目からして、正月だったかと推察します。

遺書で父母兄弟宛に繰り返す「美味しうございました」には、とろろ、干し柿、ブドウ酒、リンゴ、しそめし等が挙げられていて、周りに誰もいないのをよいことに、読みながら涙滂沱でした。

この遺書に関して川端康成、三島由紀夫が絶賛する辞も掲げられていました。ふたりの感想はまた、円谷幸吉という人、あるいは人間という存在の根底を指し示してくれる、これまた深い言葉なのでした。

老生にとっての「命の源」は、祖母や母に作ってもらった、円谷さんが有難がっていたような、質素な食べ物です。いつも申しているように、子供の頃は苦手だった芋柄を干し上げたものなど、今はその材料を探し求め、手探りで調理法を試しているほどです。(もっとも、今回の小旅行最後の昼メシは、酷暑の郡山でみつけた食堂『三松会館』でのトンカツとラーメンでしたけれど!)
https://tabelog.com/fukushima/A0702/A070201/7005266/

暑さは当分続くのでしょう。ご自愛ください。

/T. K.生 拝


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