三溪園、花菖蒲の池を巡るーー横浜本牧・6月18日

いちおうは左回りの順路となっている園内ではあるが、ヘソ曲がり爺ィは逆をたどることが多い。

門をくぐると、晴れわたる日差しの下、花菖蒲が盛りを迎えていると見え、しばらくの間は見物客の少ない方にまわっていた。

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八つ橋ならぬ渡り板をはさんで生える半夏生の葉も白みが増し、「ああ、梅雨だな」と落ちつく思いがする。

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池の東岸から小川にかけての暗がりに咲く紫陽花は、そろそろ勢いがなくなる時期と見えた。

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園に入ってすでに二時間ほど経っており、ひと休みしようと、おでんの皿と缶ビールを茶店でもらったあとは、明るい光のさす木立のなかにひっそりと佇む「春草廬」に向かう。苔の色はいよいよ濃く、趣きを増していた。

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ときに、某薔薇園の主任園芸師氏は、紫陽花は嫌いだが園の方針なので植えていると言い、こちらは以前は山紫陽花などの植えこみが気に入っていたのだが、今年は外来の園芸種ばかり目立って、感心しなかった。彼にとっては湿り気の多い庭園に苔が生えるなど、考えられないのだろう。趣味の違いといえばそれまでのことだが。

さて、春草廬のほか「林洞庵」「横笛庵」以外の、あまりに堂々とした古建築には興味がなく、いつも素通りしてしてもったいなくも思うが、致しかたない。そのうち好みも変わるかもしれないし。

偶々さっき旧友から来たメールに、犬の散歩の途中だろう、東京世田谷の砧公園からネムノキの大木が、柔らかな薄緑の枝葉の上に、ふわふわと軽やかな淡い桃色の花を見事にたくさん咲かせている写真が添えられていた。

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三溪園にも睡蓮の池のほとりにこの大木があるのだが、先週のこの日には気づかなかった。まだ咲いていなかったのか、花菖蒲に目を奪われたせいか、わからない。

以前住んでいた家の庭にこの苗を植えたところ、生育が早く、よく花をつけてくれた。もっとも、そこから離れて暮らすようになってから、蟻が寄ってくるからといって、根元から伐られてしまったのだが……。

池を前にするベンチで、常連と思われる七十半ばとお見受けする方と、花の見頃のこと、風の強かった二日前に横浜港から望まれたというスカイツリーやその日の富士山のことを和やかに語り合い、別れを告げるともなく、ふたりとも花菖蒲を写しながら自然に離れていた。水の如き交わり、といえるかどうかは知らない。

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ーー入園して三時間半ほど経て光線の加減が変わり、場所が異なれば、花菖蒲の見え方もまた違う。

いつもなら帰りに寿司と蕎麦の『江戸清』で少酌するところ、すでに昼の中休みの時間となっている。

そこで、以前から気になっていたのだが、稲荷寿司が幾種類かある甘味処風の店に立ち寄ってみた。

物腰の柔らかい女性のご店主に伺えば、客の要望が強く、ビールを提供することを検討している由。店の雰囲気と方針もあることだろうから、こちらも欲しくは思うが、是非にと頼むことはできない。稲荷寿司二つと味噌汁、そしてところてんを黒蜜少しでいただいた。

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八戸の六日町『南部屋食堂』のことーー弟への便りから

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ノブさんへ きのうの十和田湖の朝は曇って寒かったけれど、奥入瀬の川を下り始めたら日がさしてきて、八戸までバスが2時間走るうちにすっかり夏空に変わっていた。

街の写真のうち水色の洗濯屋の隣りはこれでも食堂で、うまい支那そば(煮干し)、ざる中華や炒飯、そして日替わり定食(きのうはハンバーグに揚げ物のスパゲチ添え、焼き魚、ホタテ味噌汁と飯)が400円。冷やし中華500円。あとは稲荷寿しくらいしかない食堂なんだ。

こっちと同年くらいの婆さまが一人でやっていて、ゆっくりだけど丁寧にこしらえてくれるんで、いつも寄ってる。北方系美人(ーー北東北に多いといわれる)だけど至極控えめな婦人で、地元言葉丸出しの不釣り合いがイイんだ。

ラジオもテレビもなく、近所の年寄りたちがおとなしく待って、静かに食って、空いた食器を下げ、入り口の代金皿に銭を置いて帰っていく。

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ーーこんな八戸が好きで、安い切符が使えるときは、いつも立ち寄ってるんだ。

検索してたら、こんなブログがあった。この土地の食堂が3軒紹介されているのだけど、南部屋食堂の他の2軒も行ったことがあるのには、我ながら呆れているよ。
http://www.sairosha.com/mesi/taishu/aomori.htm#nanbuya

***

追伸
北方系というのは、遠い遠い昔の「血筋」のことだからね。樺太をつたって渡って来たんじゃないかな。いつか「ケンミンショー」か何かで聞いた気がする。

おれが学生の頃、阿部なをという料理の先生がNHK「きょうの料理」に出ていて、よくみていた。著書もたまに開いて、ふだんの料理の参考にしている。添付写真左下の婆さまなのだけど、八戸の食堂の姐ちゃんがよく似ていてね。

こういうはっきりした顔立ちの女性を青森ではよく見かける。男はどうか、興味ナシ(笑。秋田美人新潟美人もこの流れなんだろうか。いずれにもほとんど行ったことがないので、よくわからない。

上野にあるこの写真の飲み屋は、なをさんが開いた。去年の夏だったか初めて行ってみた。いい店だよ、下戸のあんたにご縁はないだろうけど。

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いま気がついたのだけれど、ここに写っている徳利の「桃川」酒造?の超高級な大吟醸だかを、このたび民宿で飲んだーーというか、それまでに安いけど滑らかで旨い「十和田おろし」とかいうのを飲んでいて、最後の晩にまた酒をと頼んだら、「もうなくなっちゃって、ちょっとお高いんだけど、これでよければ…」と、オヤジがおずおず持って来るんじゃ、断りもできないワ。

帰りにもらった勘定書に何と「2,000(300ml)」とあった。一泊二食5,200で過ごしたちうのに(泣笑。おれは酒の味なんて、ある程度以上なら区別はつかんのにサ。3泊で散々飲んで食って温泉を独り占めして20,500だからマアいいや、と思うことにする。

八戸で締め鯖を買ってきたけれど、もし食べたかったら、どうぞ取りにきてください。おれはきのう午後に現地でタラフク食ったから、いい。愛媛のミカン業者直売の何とかオレンジという甘いのもまだあるんで、どうぞ。明日午後は飲み会のため不在。

ホンジャ!

旧東海道神奈川宿散歩ーー埋立地の貨物駅、消えた市民酒場から街の中華屋までまで

風呂釜の調子が悪くて二晩ほど湯に浸かれず、全身がだるいので、横浜港東神奈川の岸辺にある日帰り湯を久しぶりに訪ねてみた。

屋内ではあるが外壁が半ばなく、露天風呂ともいえる温泉は、東京から神奈川にかけての海浜部に特有の緑褐色の湯は滑らかで心地よい。

スポーツジムを併設するこの施設は客も少なく、この近隣のベイエリア(イヤな言葉だ)の住民が多いとみえ、一様に常識をわきまえた人間ばかりで、ふだんピリピリしながら街を歩いている当方にとっては、貴重な居場所といえる。

……。

温泉に浸かっては屋上で風に吹かれ、平日の昼間は営業していない食堂で、だれにも邪魔されずに時を過ごしたあと、施設を出れば、入口前のデイゴが元気なこと。
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送迎バスに乗るのもシャクなので、昼食場所を探しがてら東神奈川駅に向かって歩き出せば、すぐに貨物線の駅。「ハマの場末感」が強い。
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外来の草花ではあろうけれど、こんな場所にはふさわしく。
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埋立地が続くこの一帯。情趣もへったくれもないものの、年月が経てばそれなりの味は出てくるもので。
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三階建ての工場の向こうにチラと頭が見えるのは、ランドマークタワー。
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歩くうちに、「そういえば、昼過ぎから開いているあの居酒屋はどうなっているだろう」と、まだ一度しか入ったことがない店を思い出し、向かってみることに。
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ーーと、行き着いてみれば、組み写真右上の状態。影も形もなく、駐車場と化している。二年ほど前に撮った写真を探し、往時を偲ぶ。この時はちょうどお盆で休店中だった。

ごく簡単なツマミで爺さまと婆さまが安く飲ませてくれたと記憶する。

こういう店があると教えてくれたのは、いつも世話になる関内のバー『道』のお客だった。ママさんと中学が同級という彼とは、その後は出会っていないと思う。互いにそれほど常連とはいえないから。

人を待っている風でもなく、ただ道端にしゃがみこんでタバコをふかしているオッサンがいたので、いつ取り払われたか尋ねたところ、二、三か月前かなぁと、ぼんやりした応えだった。
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車道と歩道を隔てる植え込みが一部崩れたのか、土留めとみえる板に、掲示意図が不明な張り紙があった。

よく見ると、細い字で下書きしてマジックインキで清書している、入念な作りなのだ。

水と心を比べて、妙に納得させられる文言。また「正 = 『一』 + 『止』」という字解にも感服してしまった。

加えて興味深いのは、張り紙の破れを止めるために貼り付けられたとみえるパック容器の表示シール紙。拡大して解読すれば、道明寺桜餅四個入りのパックなのだった。

筆跡や内容などから推察して、高齢のおばあさんの作ではないかと。
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梅の実が熟し、根元にいくつも転がっているが、いずれも傷ついており、拾って持ち帰る気がしない。
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『みのかん』跡の近所、橋のたもとにある『土橋寿司』は定休日。仕方なく京浜急行の神奈川駅方面に向かう。駅近くに中華屋があったはず。また、夜は安居酒屋だが昼飯も出す店があったような気もして。

しかし、すでに時間が遅く、どこも開いていない。

歩き回るうちに、これもすでに昼の営業時間は過ぎているが、格好の献立と価格の寿司屋があったので、記録しておいた。勤め人の皆さんが一段落した一時過ぎに行けば、トンカツ定食でビールをゆっくり飲めるだろう。

昨年秋、ある銀行の融資関係で世話になった女性が、この近くの法律事務所で働いていることを思い出した。

銀行での手続きの合間に雑談をしていると、駅前の安居酒屋があることも知っていて、彼女はもちろんまだ入ったことはないが、興味ありげな口ぶりだった。

かなりイケル口のようで、話がはずむうち、驚くべし、この方の実家は以前こちらが住まっていた家のすぐ隣であることが分かるのだった。何たる奇遇。当時、彼女は中学生。今や立派な司法書士さんになっている。
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神奈川駅付近はすべて空振りで、仕方なく東急東横線の反町駅方面に足を延ばす。食事が目的なら、すぐそこの横浜駅付近にいくらでも店はあるものの、人に会いたくないこの日なのだった。

いつもの『菊家』はすでに時間外。さんざん歩いても、適当なところがない。反町駅近くにラーメン専門店は何軒か並んでいても、カウンターで他の客と一緒に同じラーメンをすするのには耐えられない。

厄介なジジイになってしまった。

あきらめて、バスに乗って帰り、自宅で何か作ろうと、とぼとぼ歩いていると、国道から細い道に入ったところに、赤地に白抜きで「ラーメン」という、よく見る旗が立ててある。

マンションの一階に頃合いの中華屋があって、オヤジさんに「いい?」と目顔で尋ねると、「どうぞ」と言う。

ようやく落ち着ける店にたどり着き、躍る気持を抑えて瓶ビールを頼むのだった。
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アジサイさんぽ・6月15日ーーカメラ紛失の顛末

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どこで失くしたか分からなかったカメラを保管していてくれた東北本線黒磯駅の皆さんにお礼をと、ハマ名物(かどうか知らないけれど)某洋食店のレーズンサンドを送った帰りのこと。

過日、故郷での法事のあとに酔っぱらい、カメラはそこに置き忘れたと思っていたところ、じつはローカル線の座席にあったのを、清掃担当の方が見つけて、駅での保管に回してくださっていた。そうなるとはツユ知らず、その方には降車の際に挨拶をしていたことを今になって思い出す。

最後に撮った一枚は、田んぼだと思っていたが、列車内で写した切符だった。

カメラが見当たらないのに気づいたのは、翌朝の温泉ホテルで朝食の記録を撮ろうとした時。

……。

それがこの手に戻って数日。小雨が続く薄暗い公園のアジサイを撮ってから、調子は奮わないながらしばらく歩いていつもの地元民用居酒屋『うさみ』に寄ってみたら、土曜日なのに客がいないのは、雨のせいだろう。めずらしくレモンサワーで少酌し、おとなしく帰宅。

同じイカ納豆でも、野毛立飲み『石松』の客まかせのひと鉢とは正反対で、手のこんだ作り方。まあ、口に運んでしまえば同じようなもの。

焼物はさいきん豚カシラを塩で焼いてもらうだけ。

ーーなんの変哲もない午後。

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木の俣川を渡り、温泉場へダラダラ歩きーー板室温泉だより 2

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日に何十キロも歩いていたのは昔のこと。そのつもりになれば、速歩、長距離歩行もできるのだろうが、今はのろのろと歩きながら目にとまるものをトックリと眺めるのが常となっている。

「どこかへ行く」ことよりも「目の前にある興味深いものを見逃してはもったいない」という気持ちが勝っているのか、歩くのが辛くなっているのか。いや、どちらも当たっているのだろう。

宿を出たのは十時をだいぶ回った頃。たぶん朝食の後にまた湯に浸かっていたとみえる。記憶も記録もない。ほかにすることもなかったはずだから。霧雨の中、古くからある板室温泉に向かって歩き始めた。

人家は宿の先に並ぶ二軒ほどで絶えた。商店の看板は立派なアルミ製でも、シャッターはずいぶん前から閉じられたままのようだ。

バスの停留所で時刻表を見ると、平日は六便、休日は四便通っている。我が故郷の村行きの二倍の本数があるのは、行く先がこちらは温泉地、我が方は古い関所の跡であるから、相応だろう。もっとも、いずれも客は何人か乗っていれば良い方なので。

静かに濡れる杉林の地表に低く茂る草に目がゆく。子供の頃、祖父に連れられて林に入り、枯れかかった下枝を掻き取る作業のまねごとをしたことが忘れられない。

整備された道路、まれに往き来する小型トラック。その先はどこに通じているのか、見当がつかない。那須か、その先は南会津ということか…。

遠くに聞こえる軽いエンジン音は何かと思いながら歩いていた。街中であれば草刈り機の音だが、と。しばらくすると、原木を載せた大型トラックが山を下りてくるので、チェーンソーの音だったと知る。

また進むと、川の向こう遠くの方にほんの一部、切り開かれた杉林が望まれ、「ああ、あそこにまた杉の苗が植えられるのか」と思い巡らせると同時に、あそこからどういう人たちが何人くらいで、何処をどういう作業を経て運び出し、さっきのようにトラックで搬出するに至るのかと考えてしまうのだった。自分が働いていた頃の習性が抜けていない。

下り道が急に曲がり、上りに切り替わるところに橋が架かっていた。木の俣川というらしい。そういえば宿近くの停留所は「木の俣」であった。流れの幅は、およそ十メートルほどか。

この辺りに整備された園地は、居心地の良いことこの上なかった。元々あった川原の木立から適当に樹木を除き、土をならしただけの区画で、そんなところは一年も経てば「自然」の土地になってしまい、すでに「人工」を感じさせなくなる。

すぐ脇の斜面のどこかから水が地を伝って流れているが、小川というまでにも至らない。この雨が上がれば消えるのだろう。

どれほどのあいだ、この緑にひたっていたことか。徐々に激しい降りになってきて、傘を支えながらカメラを濡れぬように構えるのも辛くなってきたので引きあげたが、そうでなければいつまで撮り続けていたに違いない。

道をわたって反対側の園地の入り口で、進もうかどうか迷っていると、傍に小さな立て札がある。昭和天皇が那須の御用邸にお越しの際、時々おいでになっていたという「オオバヤナギ」の群生地があるとのことだったが、次回に訪ねることにした。体も冷えてきたので。

なだらかな上り坂が続き、平らになると、ようやく「歓迎 日光国立公園 板室温泉」の表示壁が見えてきた。続いて那珂川に沿って今度は下ってゆくと、連続して「熊出没 注意」の掲示が電柱に付けられている。

「どう注意すればエエんじゃい!」と半ば怒りながら、熊鈴を持参するのを忘れたので、時々「おーう、おーう」と唸りながら歩いていた。

やがて建物が見えてくる。平日だからというわけでもあるまい。温泉場は静まりかえっていた。

店舗はただ一軒だけ、新しそうな構えの蕎麦屋があって、ちょうど昼どきのため適当に客がいた。数少ない営業中の旅館の客が他に行き場もなく、ここに来ているのだろう。

前日に故郷の蕎麦屋で叔父が打っている蕎麦や天ぷらを、今年も日本一の福島の地酒とともにタラフクいただいていたし、こちらのような今風で洒落た店は好みではないので、昼食は宿に戻ってからにすることにして、寂れた温泉場の風情を吸い尽くそうとしていた。

歩く人はほどんど見かけず、むろんのこと外国人がいるわけもない。有り難や、ありがたや……。

……。

同じ道を辿って戻るのは好まぬのは、いつものこと。すでに疲れてもいたので、帰りはバスに乗ることに決め、時間つぶしでは失礼とは思いつつ資料センターに入ってみれば、受付の中年男性が手持ちぶさたのようながらも生真面目にカウンターを守っておいでになる。この辺りの人たち、みな真面目なのだ。駅前でタバコをふかすハネ返り高校生がいるのは、何処も同じだが…。

終着の停留所で折り返しのバスに乗りこみ、発車まで運転士氏と話していると、この温泉で一番高級なのが、目の前にある D屋と、角にある新しい宿で、いずれも二万三千ほどなのだという。「独りじゃ泊まれねぇべな」と笑いとばすと、それができるらしい。「オレぁとても無理だよ」と、しおれるばかり。

そういえばもう一軒新築中の所があった。どうせこちらには縁がないだろうが、この温泉場も遅ればせながら代替わりを迎えているのだろうか。

ひとつ解せないことがあった。こちらが乗ろうとしたバスから、意外にも一人、降りる客があって、粋筋かとも見える女性なので。

運転士氏と話す間にフロントガラスの向こうに彼女がいる。たしか先刻は持っていなかった赤いカートを引いて歩き、あちこち写真を撮ってから、高級旅館に入ってゆくではないか。

人生はいろいろあって不可解。だから面白い、のかも。


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ーー部屋の窓から。

朝食も丁寧な調理でありがたい。薄味で煮られた大根と薩摩揚げが一枚づつ重なっているのに感心する。なんでもない煮物ながら、いまどき貴重。
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木が人か、人が木か。どちらでもよし。
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むこうの山の懐に温泉街がひっそりと
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崖の縁に緑鮮やか
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ようやく人里に。しかし人影は稀で…
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町営駐車場の奥は緑の闇
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いつころ描かれた案内板か、この中で残っているのは「加登屋旅館」だけ
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投宿していたのは、地図左下「木ノ俣」の文字がある所の集落
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(ダソクながら昼メシは、宿の食堂がすでに閉まっていたので、シーフード・カップヌードルですませることとなった)
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電池が切れた、カメラ失くしたーー板室温泉だより 1

ノブさんへ こちら栃木の板室は雨降りの朝で、ちょっと寒いほど。

金曜に故幸子の寂しい納骨に立ち会い、それを口実に那須と日光でぶらぶら撮影の火曜日までなんだけど、ケータイの電池が切れちまった。何と充電器を持ってきていない。ついでがあったら、おっかさんに伝えてください、心配するといけないから。

木曜の晩に酔っ払って帰宅し、ええ加減に身じたくしたもので、忘れ物やトンチンカンばかり……。

喪服を収めて戻ろうと、せっかく衣服ケース(っていうのか?)をアマゾンで安く買ったのに、荷物に入れ忘れたり、こちらの気温を考えない半袖シャツばかり詰めてあって、まあひどいもんだ。一日中、寝間着の長袖Tシャツを着てるよ。

泣き面に蜂。シゲあんちゃんの店でうまい蕎麦や天ぷらをご馳走になったあと、どこかに記録用カメラを置き忘れて、途方にくれている始末だよ。どこに置き忘れたか見当がつかない。参った。花撮りカメラがあるので何とか用は足りてるけど。あんちゃんに捜索依頼中、なさけない。

ほんでは、おっかさんに宜しう………

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那須と塩原の間にある板室の温泉は辺鄙で周りに店がなく、素泊まりできないのが辛い。二食ついて8600くらい。飲み屋でやると思えば、おんなじか、かえって安いけどな(笑。

とはいえ何故か、鮪中トロと鰹の刺身が目がさめるほどの上質だった。それに負けぬほどツマがすばらしく、白髪大根の上に青紫蘇の繊切りをパラリと振りかけているだけなのだが、その簡素と上品が、おれには好もしかった。そのほか煮物や焼き物も、温かいものは温かく、当たり前であることが珍しい当節だから、感心している。老人向きの薄味と量で結構結構。

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薔薇から紫陽花にーーYokohama English Garden 6月3日

梅雨入りの前でも後でも、紫陽花は雨に濡れていてほしく、薔薇は弱い日差しの下で愛でたいのですが、ままなりません。

ことに毎年楽しみにしているヤマアジサイが、すでに花期を過ぎたのか、梅雨入り前の暑気に打たれたせいか、楚々とした風情がみられず、残念なことでした。

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我が楽園『豊年屋』ーー梅雨前の午後、行き場なく

横浜鶴見の馬場花木園で散策休憩ののち、いつもの蕎麦屋に。暑さを感ずるこのごろは冷や酒しか飲めなくなった。ビールが腹に合わないので。

ヤマト運輸の下請け配達をしている蕎麦屋のオヤジさん、今日の分は終えたらしく、新聞に目を落としている。おかみさんは買い物に出たという午後三時過ぎ。

そういえば昼メシがまだだったので、いちばん手間がかからない玉子丼のアタマだけこしらえてもらった。麺類は湯を沸かさねばならず、天ぷら油を温めるには時間がかかる。こちら一人のために申し訳ない。

おかみさんが仕入れから戻ったところで酒をもう一本もらう。

テレビをぼんやり眺めながら、おふたりと冗談口を交わす。この日は南海キャンディーズの山ちゃんと女優さんの結婚話が格好のネタに。

……。

それ以上の飲み食いはできず、締めて千二百円。夏至の前、まだ日は高く、行きどころもないが、ヨタヨタとバス通りに出る。

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