思い出の地でーー旧友との奇遇ありがたく

高校受験の時に初めてこの駅に降りてから五十余年。思えば永年この地と共に過ごしてきたもので…。

大学を一年留年して卒業することになっても就職に失敗し続け、結局その学校の事務職員として拾ってもらい、定年のずっと前で辞めて六年が経とうとしている。

某日の夕方、年来そこの昔風ラーメンを気に入っている『王府』で月一度の飲み会を開くことにしていた。

夏の盛り、世田谷美術館を訪ねたあと、その近所に住まう大学以来の友と二子玉川で会った。すっかり忘れていたのだが偶々わたくしの誕生日で、お祝いだと言って、奢ってもらった。

その帰りに「ちょっとラーメン食ってくか」と途中下車して王府に寄ったものの、ビールを頼まぬ訳にも行かず、皮蛋を切ってもらって飲んでいたら、腹一杯になってしまった。その掛け汁の味が素晴らしく調和がとれ、皮蛋に付かず離れず。合っていると思った。

けっきょく、ラーメンは食えずじまい。

近ごろこういうことが多い。アタマでは食べたくても、カラダが受け付けない。しぜん、自宅の台所でその時に食いたいものを自分で調理することになる。まあ、カネがないので外食や持ち帰り食ができないというのが実際のところなのだが…。

で、王府で思いついたのが、二子玉川の彼も含む元の仕事仲間との月例飲み会(ーー「ガケップチの会」と呼んでいるのだが)をこの店で開くことだった。

カウンターと小さな四人卓が四つ直列する小上がりだけという店は、飲み会には極めて不自由なのだ。腰痛持ちのこちらには最悪の座席環境。

しかし、いつも学生相手に “肉チャーハン” ばかり作っている兄さんに、たまにはその優れた腕をふるわせてやりたいと思い立ったのだった。献立にはふつうの町中華より二段ほど上のものが挙がっているが、平日に酢豚を頼む客はいない。

一次会から中華ということは、かれこれ十年に及ぶガケップチの会でも、ちょっと珍しい。

「予約を…」と奥さんに頼んでも、そんなもの受けていないという。まあそうだろう。勝手に日を決めて適当に来ると言って店を出た。

当日ーー。

その街にある大学のキャンパスに移ってきたと聞いていた元同僚の女性に会おうとして行ったところ、この春の異動で別のキャンパスにかわったという。

まるで「母を尋ねて三千里」だね、と笑い合ったのは、これまた元同僚であった女性。この総務担当に移ってずいぶん経っている。異動してしまった女性の息子たちにと土産に買っていったドイツ風の菓子パンを彼女に押し付けて部屋を出た。(ほんとうは自分で食べたかったのだが、まあ、先輩の余裕も見せねばという見栄と痩せ我慢)

仕方なく構内をぶらぶらしたが、学生がいない。夏休みがまだ続いているらしい。

こちらが以前働いていた研究棟をそっと覗いてみると、知り合ったきっかけを覚えていない飲んべえ君が書類の片付けをしていて、しばし談笑するうちに我がガケップチの会をご存じなのには、「これはヘタなことはできぬワイ」と軽い自覚を促されるのだった。

時間が経つのが遅い。

ガランとした学生食堂には同好会の集まりらしい十人ほど、部外の研究者なのか真面目そうな中年男女数人ほか、人を待つのかスマホに見入る学生がちらほら。

こういう場所は苦手なので、夕方会う連中に「只今キャンパス内にて所在なく過しおり候、『HUB』(構内で営業しているパブ)は既に開きおれるか? 今更ながら大学のキャンパスは浮浪者の居場所として最適!」などと、どうでもよいメールを打ち終えると席を立ち、ふたたび彷徨い続けるのだった。

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ーー高校から大学にかけて世話になったグラウンド。当時は土の走路(シンダートラック)だったが…。この季節、練習で疲れ果ててスパイクを手の指から下げて部室へ帰る道すがら、トラックを見下ろせるところに金木犀の花がよく香った。その木はおそらく残っているはず。

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パブの窓辺でキューバリブレ(L)何と270円を啜りながら、「これをお代わりしたら今夜は勝負にならぬな」と、べつに勝負の相手もいないのだが、いちおうは万年幹事なので、責任感の欠けらは保とうとしていたのが、我ながらいじましい。

雨の中に歩き出しても約束の時間はまだまだ先。その前にどこかの飲み屋で過ごすしかない。今どきの喫茶店は、滞在時間の間合いが計れないので、御免だ。

五時に開いていたはずの『寅さん』の前をそれとなく行ったり来たりしてもその気配がないので、反対側の『鳥よし』へ向かう。すでにこの日は八千歩近く歩いており、降り込められている折から、早く落ち着いて坐りこみたい、酒は二の次にして。

ところが鳥よしの焼き台前の開いた小窓から見えるのは、いつもの姐さんではなく、見慣れぬテカテカ頭のオッサン。

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「おかしいなあ、誰じゃ、ありゃ」と路地に入ろうとしてふと気づくと、傘をさしてこちらに歩いてくる男には見覚えがある。「おお、エビヌマ君じゃないの!」と珍しく人様の名前がすぐに出てきた。そういえばこの先の職場に移ったと聞いていた。十年以上会っていない互いの近況を話し、この先の望みを語って、名残惜しく別れるのだった。

さらに驚いたことは、店の戸を開けると、思いがけぬ顔、顔……。昔、病院の事務局で働いていたころに行き来し、昼も夜も親しくしていた他部署の面々が四人まとまっているではないか。さらにもう一人、就職したてのころ特に親しくしていた先輩も来られるという。

また、テカテカ頭の調理人をよく見れば、何と、以前は病院の患者食調理を担当していて、就任年がこちらと同じワタベくんではないか。

あまりの奇遇と懐かしさに、そのあとの月例飲み会に行くのはやめて、こちらに居続けようかと思ったほど。

ところが、間もなくやってきた先輩ナゴヤ氏が言うには、この晩、この街にわたくしが来ていることを知っていたと。なぜかといえば、午後半ばに学生食堂から戯れに打ったメールを、宛先四人のうちの一人、コイデくんが、今やその上司である先輩に見せたというのだった。

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となれば約束をスッポかすわけにもゆかず、『王府』でのガケップチの会に向かえば、三々五々集まった連中は、おふざけメールをきっかけに、『鳥よし』に集結している連中の話題、そしていつもの四方山話が弾むなか、皮蛋、蒸し鶏、海老玉子炒め、肉野菜炒め、白菜のクリーム煮、レバニラ炒め、餃子、炒飯はいずれも単純かつ洗練された味で評判は上々、いつもは芋焼酎ロックばかりで、めったにおかずを口にしない二子玉川の友、トミヤマも珍しくしばしば料理に箸を伸ばし、そして当然のこと麦酒と麦酒、紹興酒と紹興酒と紹興酒が続き、満足してのち、ごく自然に鳥よしの飲んべえどもに合流し、狭い店の中で席を替りながら、杯はどれが自分のものか分からぬまま手当たり次第、乱痴気騒ぎのうちに夜は更けてゆくのだった……。

誠に悲しいことに、あの姐さんは、今年のはじめに癌で亡くなられたという。合掌

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年に一、二度しか来なかったけど、長いことお世話になりました。今夜はお弔いの酒です。涙のせいでもなかろうにピンボケです、ゴメンね。



(外出時に使う老眼鏡を多分この店に置き忘れたまま、もう十日以上経ってしまった。取りに行くとまた飲んじまうからなぁ……)




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この記事へのコメント

kogatak
2018年10月01日 22:14
このブログにコメントを賜るなど何年ぶりかで、返信コメントの入れ方が分からず、重複してしまい、消し方も分からんというブザマ。ハッタリさん、ご無礼お許しを!
kogatak
2018年10月01日 22:11
ハッタリさん、だらだら駄文にお目通しいただき恐れ入ります。
どうか真面目にケンカしながら頑張って働いてくださいね。ご活躍を期待しています。
kogatak
2018年10月01日 21:58
ハッタリさんもマジメにケンカしながら頑張って働いてくださいね!
研究室のハッタリ
2018年10月01日 17:55
楽しく読ませていただきました、ありがとうございます。

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