グダグダ日誌ーー冷やし蕎麦、作って食って、また寝込む

冷たい蕎麦つゆをカレー皿に少なめに張り、蕎麦でも饂飩でも冷たく締めたのを盛って、そこに揚げ玉や煮た油揚げ、胡瓜の繊切りなどの具をのせ、関東では「冷したぬき」や「冷しきつね」として供するのはいつ始まったか知らないが、今や町の蕎麦屋の献立として普通になっている。

それは邪道だと見下し、長いこと盛り蕎麦や素麺をこしらえては啜っていたが、家で食するからには栄養をとらねばと考えを切り替え、ことしの酷暑を機に、冷しモノを我が献立に加えることとなった。

何のことはない。「冷し中華」ははるか以前からあって自分でも作っていたのが、蕎麦うどんも同様になったというだけなのに。まことに固定観念というものは生活を縛り、精神の自由(大袈裟!)を奪う。

前夜、放蕩と無頼を尽くし、どこをどうやって家にたどり着いたのか、昼過ぎに寝床で “燃料切れ” となり、重い身体を起こして台所作業を始めた。包丁を持つと身がシャンとするのが毎度の不思議。

その体調と冷蔵庫の中身からして、出来上がったのが「冷しきつね蕎麦、青紫蘇と小葱タップリめ」だった。

冷蔵庫を開けると、賞味期限を過ぎた油揚げを煮たものがパック容器にたっぷり詰まっていた。青紫蘇は茎ごと刈り取った束が熱海駅ビルの農家直売所で格安で売られていたのが、まだ残っている。また、小葱の傷みかけたものが百円だったのを選り分けて刻み、冷凍したのも大量にあった。

紫蘇の鮮烈な香りが爛れた身体を諌め、正してくれるかのよう。

流しの前に立っているときは別人のように気は張り、身の動きは鋭いものの、食べ終えるとドッと疲れが出て、また寝込んでしまうのが、お恥ずかしながら我が身の常。によって、この日もまた寝床に戻り、“iPad シゴト” の午後を過ごす。

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