世田谷、砧界隈でーー「濱田庄司展」を訪ねる

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去る七月末、蓮を見に三溪園を訪ねた折、「濱田庄司展」が砧公園内にある世田谷美術館で開かれていると知り、これは行かねばと思っていた。

学生時代からの友人が、当時からこの公園の近くの一軒家に住んでいて、共に飲んでは泊まるのが当たり前になっていた。

ある時、独りどこで酔った後か、深夜訪れて声をかけると妹さんが玄関口に出てきた。兄は今夜は戻らない。したがって泊めるわけにはゆかないとおっしゃる。途方に暮れた。

そのあとどうなったか、覚えてはいない。ただ、この一事を彼は今でも妹さんを自慢し、わたくしを茶化す種としている。

……。

台風20号が日本海を北東に進んでいった日、初めて砧公園を目指して用賀駅から地図を頼りに向かう。

途中にあった遊歩道に敷かれた瓦は黒みが強くて質感も味わい深い。淡路瓦というらしい。ことに、おそらく百人の区民が書いたものであろう小倉百人一首を瓦に彫りこんで焼かれた瓦が敷きこまれ、間隔をおいて公園まで続いているのには感じ入ってしまった。

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早く美術館に行かねばと気はせかれながらも、歌を読み、たまに小学生が書いたかとみえる文字からも、それなりの物語が想像され、興趣は尽きない。

公園に着けば、今度は年を経た樹木の肌に見入り、風に揺れる大木の枝葉とその向こう流れる雲に眼を奪われると、もう、何をしに来たのだか分からなくなっていた。

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展示を観たあと、件の友人と夕方に会う約束をしたことを悔やんでいた。人さまが精魂をつぎ込んだ作品を短く限った時間で観終えるなど、まことに不遜なこと。

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濱田庄司の言葉からーー

「形は轆轤に委せ、絵付は筆に委せ、焼くのは窯に委せる。(中略) 焼物でも作ったというより生まれたというような品がほしい。」

「昨日在庵 今日不在 明日他行」

「私は夏の朝の畑に立ってみて、胡瓜、茄子、かぼちゃ、みんななったままの自然で鮮かで、私の焦点に関係なく、立派なのには参った。焼物でも作ったというより生れたというような品がほしい。これから轆轤をひくときは、ひきおわっても壺の口や、鉢や茶碗の縁がまだ動きがやまないで延びつづけているように見えてほしい。」

ーーという具合なのだが、わたくし個人の好みからすると、立派な壺や大皿、また晩年になって作り始めたという茶碗には、彼の言葉にある大らかさ、さり気なさは感じられず、技巧に走ったかの感を覚えざるを得なかった。

器はふだん使えるものであってほしい。「作品」を毎日使っていたのでは肩が凝る。



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ーー三年前の秋、栃木益子の濱田庄司記念益子参考館で求めた三寸の皿。わたしにしては高い買い物だったが、日々愛用している。



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ーー同じく益子参考館の展示品。一番奥の「馬の目皿」と同じ模様の大皿が、この日出展されていた。

……。

で結局三十分ほど旧友を待たせ、あらかじめ目星を付けていたお店に。
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