お城は苦手だな、やはりーー上田の街で 1

炎暑の都市から逃れ、はじめは客の少なそうな温泉場で三日ほど過ごして帰ろうとしていたのに、どこか居心地がよくて帰りそびれ、一日延ばした信州鹿教湯温泉でのミニ湯治行きであった。

その行き帰りには、炎暑の上田の街をウロつくこととなったわけで、いくつか気がついた街角、見えたものをまとめようとしている。

……。

横浜に住む人間にとって身近な小田原城には、訪ねることはあっても、城址公園に咲く梅や桜、花菖蒲を見物に行くだけで、天守閣に上ろうなどという気は起こらない。

幾たびか足を運んでいる松山のお城は名城と言われるのに、たぶん鬱蒼とした道を城山にひたすら上るのは億劫だし、ロープウェイに乗るのはなお癪にさわるので、いつも仰ぎ見て「無駄に高く構えていなくて綺麗だな」と思うに留まっている。

旅行社から毎月送られてくる案内書に、各地の城がいくつも挙がってそれらを二、三日巡行する企画を見ては、「ご苦労なこった。何が面白いんだろ」と憐れむばかり。

何故そうなのかとさっきから我が身を振り返っているのだが、つまりは「歴史」というものに興味が持てないことによるのではなかろうかと思う。

さらに思えば、自分が嫌う歴史とは「知識としての歴史」であり、ほんとうは「そこに生きていた人が何を思い、感じながら何をしたのか」を、実感し、体得したいのだろう。

実際のところ昔も今も、西郷隆盛という人間の生き方の分からなさばかり思っている。(なお、大河ドラマは今年に限らず観たことがありません、“ドラマ” は好まないので)

昔のお城を見ても、そこから何かをつかみ取る自分を想像できないのだ。

まあ、お城嫌いのどうでもよい言い訳はそのくらいにしておく。

駅に降り立ってあらためて呆然とする。無計画の自分に。メシ時にはちょっと間がある。鹿教湯温泉行きのバスは二時半ころだし。

いちおうお城跡に行っておくか…。おそらく三度目の上田だが、いつも高齢の恩師とふたり大酔し、そのあと蕎麦を手繰るくらいしか街を歩いていないのだ。

真田家の歴史、また真田十勇士という虚実ない交ぜの物語には興味がないので、単純にお城跡の風物と木々の具合だけをいつものように眺めて回ろうとしていた。

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紅葉が美しいにちがいない濠跡の散歩道。



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日本中どこに行っても同じような緑ばかり撮っているアタクシ。



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お城の下を観光列車が間もなく通るというので、サムライ装束の娘さんたちが列車に向かって手を振るボランティアを募り集めていたのが、お仕事とはいえ哀れだった。ご協力することもできないし、照れくさくて。




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「真田石」。城主様が移り住む屋敷の庭にこの大石を抜き出して移そうとしたが、抜けなかったと説明板が立っていたような気が…。けっこうレキシの説明、読んでるじゃん!呵呵



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真田家の家紋である六文銭の謂れについては、街なかに説明板があったが、当然アタマに入っていない。




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このうち七人くらいは名を聞いたことがあるのに驚く。知らず知らずのうちにレキシが我が身のうちに浸みこんでいる。




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この七月上旬、紫陽花の盛り。鹿教湯でも同様。ことしの関東ではすでにチリチリの状態ではなかったか?




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青空と松の緑を等分に見えるようにするには苦労するのであります。(ま、好きで苦労してるから、いいです)




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枝垂れ桜の頃、この上田と少し南の高遠の桜をめぐるツアーがあった、はず。




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あちこちで見られたこの旗。ほんとうは何という色名なのか、真田色!の沈み、燻んだ赤色は墨の色と合って美しいと思いながら公園の中を歩いていた。




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何の意か分からないけれど、真田神社の一角に。





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城址公園から柳町の旧街道跡に向かう途中。斑入りの葉がいい色だなぁと思いながら、また何の蔓だか、元気でいい曲がり加減…と。












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