今も昔も放浪ビトーー夏の梅林にて “Renaissance” 再聴

身内が先日、救急車にお世話になったものの、搬送業務が終わって撤収なさるとき、まともにお礼できずにいたまま、こんどはこちらが熱中症気味。自室で青息吐息の数日間を過ごしていた。

回復してすぐに近くの消防出張所に出向き、ようやく救急隊の所属が判明し、嵐が去るのを待って昼下がりに消防局を訪ね、礼状のみ渡してきた。持参した夏の菓子は受け取ってもらえない。

せっかく隣町まで来たのだから、曇って風も涼しそうだし、歩いてみようかという気になった。つくづく己は放浪者なのだと思う。身体が動き、時間があれば、ウチに居ない。懐? 二千円ほどあれば十分。

大倉山の梅林に上ってくれば、園内は周辺の住人が通路として通り抜けるのみ。谷戸を吹き抜ける風は、早い梅雨明けのあとすぐに真夏となってふた月ほど経つか、今年はじめて味わう秋風の気配。台風13号は房総半島沖を北上して去った。

梅林公園の入り口で息が収まるのを待って佇んでいると、後ろでミンミンゼミの声がしたので振り返って探したが、また後ろでその声がする。おかしいナと思い、耳に神経を集めて少し体を回すとまた真後ろでセミが鳴いている。いくら回ってもセミは後ろにいる。どういうことだ、これは。

「もしや帽子に?」と脱いで振っても変わらずに鳴いているではないか。

「アガー、背中にくっついていやがンのか!」と、思いきり腕をまわし、野球帽で背中をはらうと、ようやく飛んでいったようだった。

我に帰り、春に見下ろせば霞のような乳白の梅林と比べて葉の緑に満ちた公園に変じた梅林に対していると、その昔聴いていたレコードの中に、グループ名もアルバム名も Renaissance という一枚があり、そこに “Wonderer” なる曲が入っていたのを思い出すのだった。

あの高音でか細い女声の頼りなさ、そして意味はよくわからないが、なんだか深刻に真面目ぶってナヨナヨした若者のあり方が見えてしまうのが哀しい。
http://www.metrolyrics.com/wanderer-lyrics-renaissance.html

ーーいま改めてこの詞を読んでみると、禅の教えを聞いているようではあれ、その真裏なのではないかという気もする。西洋人の禅かと。まあ、どちらでも同じなのではあろうけれど……。

音楽の良し悪しも系譜も論ずることはできぬものの、ひたすら寂しい歌を好んで聴いた当時の気構えや振る舞いは、今も変わらないなと呆れまた諦めるのだった。
Renaissance “Wonderer”
https://m.youtube.com/watch?v=KRKj643zNKg
(歌唱は半ば過ぎから)

この時期に訪ねることなどなかった大倉山公園梅林は、梅の古樹がきれいに剪定され、周囲の地面も雑草もなく、手入れが行き届いている。立ち入りを防ぐ縄にそって丈の低いコスモスが詰めて植えられているのを初めて見た。

間違えて咲き始めたコスモスもあるが、この盛りの頃にまたきてみよう。

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