会津の若松5ーー西栄町路地『来々軒』で聴く物語り

お姑さんが店を開いたのは昭和二十年代。当初は繁華街の神明通りにあって、区画整理により多くの飲食店とともに今の場所に移転したのは平成に入ってから。酔客がシメのラーメンをもとめてやって来るので、暖簾をとりこむのはいつも未明の二時三時だった。

ーーそう聞けば、松山三津浜にある漁師相手のお好み焼き兼飲み屋の『那須』のおっかさんが思い浮かぶ。南の港町も北の山都も同じく、今や昔、昭和の経済発展期のこと。

いま、町の勢いは失せた。若者の多くは都市部に出て行ったきり。

店主たちはみな老い、客も老いた。今月も一軒、店を閉じる。

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八十を越えたというご店主は、お姑様、ご主人、お子さまお孫さんの話、店の経営のいきさつを、なぜかこまごまと聞かせてくださる。新参者ではあれ、土地の言葉を話すイガグリ頭のこちらに気を許されたのか。ラーメンのおまけにオクラに山芋、なめ茸やワカメの和え物を添えてくださった。

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じつは前の晩、こちら来々軒に入ろうかどうか迷った末に “薪ストーブのラーメン屋” に世話になっていたもの。

たしかにこの店のある路地の先には、間口の狭い居酒屋やスナックらしき店が並んでいて、しかし灯りがついている店はほとんどなかった。

客もいないのに炒飯を作る音が聞こえるので、「昼メシ作ってんのケ?」と尋ねると、近所のご老人から頼まれているという。もうお客も来ないだろうからユックリ行ってきてくれと言って店番を申し出、壁に張られた献立を眺めたり写真を撮らせてもらったりしていた。

ーー昼下がり、この先の目当ても行き先もなく……。

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