会津の若松3ーー寒さに震え、薪ストーブの脇で瓶ビール

会津はとにかく冷える。モモヒキを履きこんでも、腹の奥底の前立腺に疼痛がくるほど。こんなことは紋別や釧路、札幌でもなかった。

柳津から若松に戻り、二泊の予定。ユックリじっくり街を歩いてみようと。

しかし、白虎隊自刃の飯盛山には悲しくて行けないだろう。お城でさえ途中で引き返したのだから。そもそも、名所旧跡は苦手だから仕方がない。

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しぜん、街筋の店舗や住宅の様子を見てまわり、くたびれた時は、食堂と居酒屋の世話になるという毎度の成り行き。

前々日にこの街に立ち寄ったときにバスから見えたのだが、かなり煤けた風情のラーメン屋が気になっていた。同じく、商売気のなさそうなラーメン屋、どちらも宿から近いところにあった。それから、ランチ天丼をいただいたお店には、また来るからと言い置いていた。

さて、柳津から只見線は一時間。往時の若松の中心街である七日町に着き、宿に入る前に訪ねて斎藤清美術館の報告をしたのは、「伊藤ギャラリー」だった。同氏の版画作品を専門に扱っていて、このたび偶然に知ったので。

お茶を淹れていただきながら、A女史とまた長々と話しこんでしまった。聞けば、彼女も夫君もご先祖は近江の国からこの地にやって来られたのだといい、わが家系と同じという奇遇。

この晩は何も食いたくなかったので、いちおう目当てにしていた『二八屋』を訪ねてみた。

これが、我々(我のみか?)懐旧派には堪らぬ魅力に溢れる店で、いったん入って、まだ暖まらぬ店内で震えながらエビせんをツマミにスーパードライビールを啜り(お酒は置いていない模様)、薪ストーブの使い方を観察しながら、そのうち手伝って薪を渡してやったり、忍者装束の中年ムスコとバカ話を交わし、彼と調理担当の母とのやりとりや、ふいに掛かってきた電話にでた彼が「ウヂはラーメン屋なんです~」と東北弁特有の尻上がり調子でまじめに応えたりするのを聴いていると、じつに趣深くて、いつまでも離れがたいのだった。

朝も昼もご飯ものだったのに、ラーメンでなく炒飯を頼んでいたのは何故だろう。

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しかし、手洗いを借りるのも憚られるような、店舗と住居の区別のない造りではあまり長居もできず、そもそもこの日はもう酒を飲む気がしなかったので、早々に宿に戻り、さんまのテレビを眺めながら九時頃には眠ってしまった。

もっとも、暖房の調子が悪くて深夜二時前には目が覚めてしまったのだが、一泊3,000円とあっては、night porter に対してそうそう強く文句も言えない。朝になったらしっかり直してもらおうと、重ね着して床の中でガマンする哀しき旅人。

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