羽生結弦と碇シンジ――男子フィギュアスケート快挙の裏に

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羽生選手の容姿と顔貌に、「エヴァンゲリオン」の主人公、碇シンジの面影を思い浮かべた人はいなかっただろうか。

とてつもない重圧感。絶望的な重みを身と心に課される苦しさ。かたや、オリンピックの金メダルを獲ることを国民全体から期待されている羽生。こなた、地球に攻め寄せる怪物たちに立ち向かうことを強いられる、選ばれた者としてのシンジ。

かれらは、その境遇においてどこか通じるところがある。だからこそ、その外的印象も似かようのだろうか。

未曾有の厄難に襲われた人類の生き残りとして「第3新東京市」で平凡な学生生活を送っていたところ、突然呼び出されて超絶ロボットの戦士となったシンジ。先の震災を乗り越えての練習生活を、後ろ髪引かれながら故国を離れ、カナダの地で送る羽生。運命の転変の激しさにおいて、羽生選手の苦難は、SFアニメの主人公に劣らない。

また、「震災の地に暮らす方々のために」という思いの烈しさと、外見に似ぬしたたかさは、刮目に値する。人は、ここまで強くなれるものか……。

シンジは、「使徒」との戦いのあと、何日か死んだように動けない。滑り終えたときの羽生の激しくあえぐ姿の痛々しさを見ると、けなげなシンジの幼顔を、失礼ながら思い浮かべてしまう。

外部からの重圧によって心の中に生ずる無力感に、彼らはいかに堪えたか。そして、行動。「すること」をもって、いかにそれを撥ね退けたか。その過程における苦難、それからの解放と達成の喜びを思うと、同情と感動の涙を禁じ得ない。入賞を果たした高橋大輔、町田樹の両選手も大殊勲。拍手。

考えているばかりでは何も成りはしない。いわんや、批判するばかりでは。

戦後の平和の幻想に浸りきり、単なる批判者として存在することによって生計の資を得ている者たちの自己欺瞞と惰弱と卑劣は、彼ら自身の存在意義のいかんに止まらない。国家にとっての害毒である。そういった人間は、いわゆる職業活動家ばかりではなく、野党にも与党の中にもいる。

反対意見は、あってしかるべきもの。なければならない。批判のための批判、対案なき批判――これを糾弾するのである。政治を志すなら命を懸けろ。真に国を思え。維新の志士を思え。

――近ごろ、どうも考えがこっちの方に向かってしまうなぁ……。それこそ、この身も“不純”になったものだ……。



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  • 羽生結絃は何故に「死ぬまでやる」か

    Excerpt: 脳震盪が危惧されながら、結絃は試合参加を強く望み、決行した。試合前の練習中に他の選手と衝突し転倒、1分ほど起き上がれなかったあと。 Weblog: 一日一夜 racked: 2014-11-12 22:35