生姜の佃煮――「シウマイ弁当」の付け添えを目指して

〔日本橋弁松〕の折詰弁当の片隅に生姜の辛煮がはいっている話を「出没!アド街ック天国」で聞いて、冷蔵庫に新生姜が残っていることを思い出した。先日、甘酢漬けを作ったとき、ピーラーでは削りきれない部分が放っておかれたもので、何かの折に卸し生姜になる運命にあったのを。

「あれを作ってみよう……」。弁松の味は、さぞかし濃い味付けなのだろうとは思うが、想像がつかないので、手近なところで、崎陽軒の「シウマイ弁当」の付け添えとして入っている生姜と昆布の煮物の味わいを目指すことにした。シウマイの、いわば茫洋とした味を引き締めてくれる、少量だが存在感ある煮物だ。生姜はピリリと辛く、昆布がそれを柔らかく受けとめてくれる。これをつまんでから、さいごにひと口残しておいた白飯を味わうのが習わし。

さて、前の晩から少量の水で戻しておいた昆布。残念ながら安物の昆布しかないが、なに、主役は生姜であるから構わない。2ミリ幅ほどの千切りにして、鍋の中の戻し汁にまた戻す。ともに、この煮物の大事なダシとなる。昆布を切る方向――繊維に沿って切るか、断ち切るようにするか迷ったが、ダシに徹するということで、繊維に直角に切ることにした。

新生姜の塊りも2ミリほどの厚さに平らに薄切りにしてから、昆布と同じように千切りにする。

要は、佃煮を煮ることになる。もっともそのことは、出来上がって気付くことになったのだが……。

酒と味醂、味醂は普通より多めにし、材料がヒタヒタになるほどにして、弱火で煮はじめた。この先どうなるか、見当もつかぬまま。生姜というものの硬さ、生来の味の性質、それらが火を通した時にどう変わるのか――分らないままの出発。

味を見る。なんとも苦くて、これがモノになるのかと思った。が、乗りかけた舟、行くところまでいってみなければ。

「最後には汁気がなくなるまで煮上げよう、……そのために、醤油を何回かに分けて差していこう」と、なんとなく方針が固まってくる。醬油の香りを大切にしたい。

煮詰まるにしたがって、味がまともなものに整ってきた。不思議なものだ。生姜の雑味が消えた。

味醂が焦げぬよう気を付けながら水分を飛ばしていく。すでに出来上がったのも同然。

先が見えぬまま作業を進めるのは、なんとも気が落ち着かぬものだが、しょせんは遊びとあきらめる。その場その場の成り行き次第、仕上がりが美味ければ良しとしよう。料理にはこんなこともあるのかと、あらためて知ることになった今朝。
画像







ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック