有りや無しや――汁ビーフンの味わい深さについて

観るべきテレビ番組もなく、まとまった映画を見る気構えもできず、漫然とパソコンに向かっていた数時間。

BSで放送している森崎東監督の「喜劇 女は度胸」は傑作に違いないから、いずれキチンと観ようとして録画を仕掛けておいた。学生の頃、横浜中村橋の映画館にかかっていたような気がする。たぶん観てはいない。その映画館はしばらくしてパチンコ屋に変わったが、今はどうなっているのだろう。どうせ暇な身なのだから、昔通った場所を訪ねてみるのもよいが、あいにく明日は雪だという。

この時間には「タワーリング・インフェルノ」を放送しているが、どうもこういう大作は体質が受け付けない。

しかたがないので、腹も減っていないが、汁ビーフンを作ってみることにした。いや正確にいえば、腹に負担のかからない汁ビーフンを味わってみたくなった。

さいわい、豚挽肉に味をつけた「肉みそ」は作ってあるし、香り付けにする三つ葉も夕方に買ってきていた。作るのは簡単だし、出来上がるものも、今夜のこの気分には合うことだろう。

丼半分ほどの湯が鍋に沸く間に、材料をそろえる。もやし、肉みそ、葉の方をひとつかみ千切った三つ葉、スープの素、塩麹。以上。あ、このあいだ残しておいた、ビーフンを戻したのは変わっていないだろうな……。

湯が沸いたら、スープの素をほんの少し掌にとって、パッと投げ入れ、続いてもやしも一つまみ放り込む。蓋をしてしばし、茹だったもやしを丼にあける。肉みそを一匙すくってそこにパラリと加える。湯に塩麹を少し加えてやる。味見なんていらない。冷蔵庫の中で冷たくなっていたビーフンをそこで温める。煮立ったら汁ごと、具の入った丼に空ける。仕上げに三つ葉をのせる。これ以上の材料は要らないし、手間もかけない。

単純にして繊細なその味と香り。微かな鶏ガラスープとわずかな塩分。あるかなきかの三つ葉の香り。ビーフンのさらさらとした舌触りと無味の味。これまた無味のもやしの歯ざわり。

それらを一気にひっくり返すかのように、丼の底に沈んでいだ味の濃い肉に行きあたると、「おまえはモノを食べていたのだぞ」と教えられることになる。じつは、彼はその前からその存在を肉の香りとして控えめにあらわし、味の無さに少しずつ刺激を加えてくれていたのだが……。

この一椀で起承転結の整った立派な料理なのだ。一コースの料理に等しいともいえるだろう。ラーメンほど多すぎず、並のチャーハンほど単純でなく、餃子ほど複雑でなく、しつこくはなく、シュウマイほど均質でない。はじめ熱くて食べられなかったのが次第に冷めてきて、むしょうにかきこみたくなる。ビーフン、もやし、三つ葉、挽肉など、様々な舌触り、歯触り。そして肉みその味の「染み出し」……。このように、時間というものを感じさせてくれ、食べるということの複雑な行程を取り備えている食べ物は、そうそう見当たるものではない。

  ***   ***   ***

思い返せばこの汁ビーフンは、40年近く以前に蒲田のガード下にあった台湾料理屋で知った一椀だ。屋号は忘れたが、店主は王さん。鳥の手羽先を軟らかく煮たものや、この汁ビーフンで、紹興酒のボトルを飲んだ。飲みきれないときは、次の時まで取っておいてくれた。手羽先の柔らかさと肉みその舌触りは、どうしてもマネができない。火の通し方に秘密があるのだと思っているのだが、はたして……。王さん、生きていれば90歳を超えているはずだが。



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