IKEAにて――古くて新しい“プチブル”

この時勢にあって、こんなに平和であることは許されるのか――。〔IKEA港北店〕のレジを抜け、振り返り見て思った。商品が天井まで整然と積まれている。気の遠くなるほどの量と充実感。その前を、驚くほど多くの人々が行き来する。どこからこれほどの人間が集まってきたのか。しかし、店の途方もない広さのなか、かれらが混雑することはない。とりどりの商品を載せたカートを押し、さらに何か買うものはないかと目を凝らす人々。20~30歳代の独身、友人恋人家族連れが大半だ。

東京とその近郊に住む「中流の上」程度の人間。居宅を構え、そこでの生活をより洒落た、センス良いものにしようとして選ぶ品々のデザインは、単純で、無駄なく、質素で、しかし機能的で創意に満ちている。それでいて、値が廉い。余裕と遊び心。当今の都市部の人間の感性に適い、それをさらに引き上げようとする商品が広大な店内にあふれる。

ことしの梅雨は梅雨らしくていい。気温が低めなのも助かる。そんな雨が静かに降り出した土曜の午後、新横浜駅-IKEA送迎バスの列に並んだ。折り込み広告に載っている太陽電池式のテーブルランプが欲しかったので。

日中、ベランダで充電し、帰宅したらそれをひきあげて食卓と居間の乏しい灯りとしよう。蛍光燈は使うまい。そんな思いが湧いていた。ここ数か月、ヨーロッパで正規軍用品として使われているというランタンの通信販売に心惹かれていた。しかしそのススで部屋が汚れることが気になって、いまだ購入には至っていない。そんなとき、燃料いらず、煙なしの太陽電池ランプ1,990円に、俄然、購買欲をそそられた。

この店の気に入らないのは、欲しいものが置いてある1階売り場に直接行くことができず、かならず2階のショールームにまわらなくてはならなくて、しかも、その通路が入り組んでいて、自分が今どこにいるか見当がつかなくなることである。滞在時間が長くなるほど購入額も上がる、という法則でもあるのだろうか。

ベルトコンベアで会計をする、ストレスの上がるレジを出て、店の拘束から解放され、振り返ってみるときの感慨が、「この時勢にあって、こんなに平和であることは許されるのか――」ということであった。

戦火、内乱、圧政、弾圧、貧困、疫病、災害、事故、避難……アフリカから東回りに日本まで、これらの苦難の中にある人々は別の世界のことだと切り捨て、いや、そんな意識すら持たず、己の生活の充足をのみ求める。IKEAはそんな人々の代名詞かもしれない。

何の前触れもなく現れた災難に翻弄されて、住む家なく、食に不自由し、学校の体育館や教室でほそぼそと生をつないでいるご老人たち。見知らぬ土地で暮らし、地元の学校に肩身狭く通うようになった子供たち。それも、親があるだけで幸運だ。両親が死亡、行方不明となった子供たちは200人にのぼるという。

しかるにIKEAの平和と充足と余裕。これは何ぞや。

――。

いまその精神をチラシ広告の商標の上に書かれた文字に見た。曰く、「やっぱり家が、世界でいちばん」と。

しかしまた思いだす。「プチブル」は、昔からいたではないか。世の中、変わらない。

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