節電、いいぞ!――とばかりは言っていられず

あの日以来、東日本で生活する者の行動は、いやがうえにも不便を強いられている。

停電と節電の日々。停電など、ここ何十年も体験していない。最後がいつだったか、記憶もない。

(「計画停電」に関しては、問題点がアマタあろうが、いまは、さておく)

街の灯が暗くなった。ネオン、照明看板、……。牛丼の〔すき屋〕がめずらしく休んでいるなと思って前を通ったら、看板の明かりをつけずに営業していた。ローソン、ファミリーマート、セブンイレブンも同様。

駅構内の照明も暗い。じっさい、長い階段の途中では、日中でも足元が不安になる。ふと踏み外しそうになる恐怖をも覚える。お年寄りや、目が不自由な方はさぞかし外出しにくいことだろう。

事業所でも、廊下の電灯は最小限に抑えられ、明るい外から入っていくと手探りをしたいほどの暗さ。それに、窓際の席の照明が消される。エレベーターも稼動台数を減らされている。

ましてやエスカレーターは、見る限りほとんどが停止されたままのようだ。計画停電の区域外でも、エレベーターの使用は控えよと、紙が張ってあるほどだ。

聞くところによると、ある事業所では節電の効果、消費電力が節電前の41パーセント以上削減されたという。これまでいかに“無駄な”エネルギーを使ってきたかが知られる。

そう。やればできるのである。節約の生活。電気を、水を大切に使う。必要なものがあっても、在庫が切れないうちは、買わない。

――50年前の暮らしが戻ったかのよう。質素。倹約。単純。手足を使う生活。古い者にとっては喜ばしい時節がきた。

しかし、直ちに思う。そうとばかり言っていられないかもしれない、と。古さを不便と感ずる人が、世の中には多いにきまっている。70年代のオイルショックで深夜のテレビ放送がなくなったが、いつのまにか復活していたのだもの。

まったく、ニンゲンってやつは……。福島原発事故の出口はあるのだろうか。また、その出口は明るさに向かうものか、あるいは暗黒へ堕ちゆく一途なのだろうか。誰にも見えない。見えている人ほど口をつぐむか。








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