うちひしがれて――心中、余震未だ絶えず

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休日。たまった新聞を読んでは泣きつづけている。

天皇皇后両陛下の広く温かく慈愛にみちたおことばと、なさりように。スティービー・ワンダーがトモダチ日本を励まし、誇りを思い出させてくれる心に。震災孤児となった130人の若者たちのけなげさと、立ちはだかる未来の苦難に。避難をマイクで呼びかけ続け、そのまま波にのまれたという役場の娘さんの悲壮さに。自衛隊の、市町町職員の皆さんの前に広がる、果てしなく絶望的な仕事に。そして何よりも、瓦礫の原となりはてた現地のありさま。……。

「自然保護」などと、不遜な。なにが「科学」か、「人知」なものか。人間なんて、何ほどのものではない。

グーグルアースを覗けばすぐに分かる。まず地球が映り、ユーラシア大陸があり、その東端に日本列島がへばりつき、本州、関東、福島、……自分の家が映る。そこから一瞬に視野を地球大に拡げたときの、人間の、粒とも、粉とも、ホコリほどの、無きにひとしい小ささ。

あの津波が起きた範囲を、太平洋の中で思えば、西の端っこの、ほんのひとところの海面が、ほんの薄皮だけ持ち上がっただけではないか。2万6000人がそれで命を失った。それは、地球の眼から見れば、無だ。地球の大きさにとっては、「命」なんていうものは、そもそも、無い。

久しく、虚無というものを忘れていた。意味はなくても生きていることはそれだけでありがたく、精一杯生きねばならぬ。生きていれば、ひとすじ、生きていればそれでいいんだと思いはじめたのは、仏様の教えがやっと感じとれるようになったこの十年ほど。そんな健全さが、あの津波に、一挙に、流されてしまった。

――こんな無力感に浸りつづける日々。酒呑んで、ものごとを感じる心を殺すに若くはない。昼間になったら働くだけだ。自分と家族の命を養っていかなくてはないからネ。まだ死ぬ気にはなれない。

早朝からバッハが流れつづけている。音の世界に、独り、こもりたくなる。調和のとれたしずかな世界に。無伴奏チェロ組曲が、アルコールと同じように、世のざわつきを忘れさせてくれる。





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