映画『失楽園』点景――男と女の行方

「だけど、サラリーマンなんて他愛ないもんだよな。こんなヤツいらんと思われたら紙くずのように捨てられる。いままであくせく働いてきて、なにやってたんだか…」

「夏果てて秋の来るにはあらず。――徒然草だ。夏が終わって秋が来るのではなく、夏のうちに、すでに秋の気配が作り出されている」

――組織の人事と自然の姿。その全体は変わらない。しかしその中にある人や物や木々や花は常に変化している。

  ***

「もう一泊しようか」
ためらわずに「ええ…」
ふたりを乗せた車は遠ざかる。この世の常識を振り捨てて、ふたりだけの道を行くかのように。はたして、どこまで……。

  ***

死んだようになってジャグジーに伏して浮かぶ男。
「男と女のことに進歩や発展なんてない。おなじようにこうしたことを繰り返しくりかえして…」

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男の勤める出版社は神田神保町にあるのだろう。電柱の広告は、この町にある古いカフェ〔さぼうる〕のもの。

***

「会いたい。会いたい。一時間でも、二時間でもいい」
「今夜は無理です」
――彼女の父親が亡くなり、その葬式があった夜。
「ぼくは今、死んじゃうかもしれないよ」
ホテルの部屋で待つ男。ベッドカバーをはずす。女は夜道を急ぎ足で歩いてくる。街路樹につけられたイルミネーション。――短いカットが繰り返し重なる。

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不倫するのに必要なのは、金、時間そして体力。シティホテルに泊まるのは、なかなか金がかかるのだ。

  ***

「もっと会いたい。もっと長く一緒にいたい」
「でもこのままいったら、私たちどうなるのかしら……地獄に堕ちるわ」
「地獄? それなら一緒に墜ちよう」
「……これからは、あなたと会うことだけを考えるわ」

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鴨とクレソンの鍋物。
「やっぱりふたりで頂くとおいしいわ。ずっと二人きりでいられたら…」

***

二人の交情は、女の夫の知るところとなった。
「でも、ぼくは君と別れるつもりはないからね」と夫。
それは女に対する何よりの制裁だ。

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女は言う。
「好きな人を愛するのは自然でしょ? 一度結婚したらゆるされない。夫以外の男を愛したら、とたんに不倫だとかふしだらだとか言われてしまう。途中で気が変わることだってあるでしょう? 愛せなくなった相手と無理に居ることは、かえって相手を傷つけ裏切ることになるわ」
「本気であなたを好きなのに、不倫としか言われない」

  ***

続けて言う。
「わたしはあなたに身体で魅かれている。心でも魅かれてる。だからわたしはあなたに抱かれると、心と身体と両方で感じるの。……これで私、全部失った」
男と女は、それぞれの家を出た。

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燃え尽くる程の恋なき枯野かな
――男の友の、辞世の句。恋が無くても有っても、人はすべて死に至る。早く死ぬか、長生きするか。

  ***

枯野の句を詠んだ男の通夜のあと、蕎麦屋で酒を酌み交わしながら旧友が言う。
「一歩まちがえば、大事なものをなくすことにもなる」
「何だ、大事なものって」
「仕事だよ。家庭だよ」
蕎麦が運ばれてきた。
「おれがザルで…」と友。
「おれはモリだ」
ザル蕎麦にのせられた海苔はどういう意味をもつのだろうか。モリが生一本なら、ザルは世故に長けた常識派ということか。

  ***

女の友は言う。
「生きていれば何とでもなるって」――。

  ***

雪の中を走る列車。
ふたりは進行方向に背を向けて並び、黙って座っている。すでに思いは決している。雪景色が、ふたりの前から遠ざかる。

  ***

「後悔していませんか」
「後悔は、ないよ」

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