勝敗――北京五輪あれこれ
勝つことと負けること、そして順位を競うこと……。最後まで勝ち残った者が真の勝者であり、祝福される。それが頂上とすれば、ふもとからの道には敗者が累々と横たわっている。勝者は一人しかいない。頂点の選手だけが称えられ、その一人を除く数多の敗者は忘れ去られる。金に拘泥した千春は銀に悔し涙を流したが、銅のメダルでも勝ち取れば普通は祝福される。が、それに及ばない者は、ニュースでは十把一からげにかたづけられる。――そう見えてしまうのは、勝ったことのない人間の僻目だろうか。
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「勝者の思想」は肌にあわない。逆の悪平等にも抵抗はあるが。
*
北京オリンピック。おなじメダルを得ても、或る者は喜び、或る者は悔しがる。体操の新星内村航平は銀メダルを得て意気揚々と次回の金を語り、女子プロレスの伊調千春は決勝で破れ、前回アテネでのオリンピックと変わらぬ銀メダルに泣いた。
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一対一の格闘技や球技は勝敗がはっきりあらわれる。一戦ごとにそれは決まり、敗者は試合場を去る。いっぽう、記録により勝敗が決まる競技。これとても記録の順に序列はつくが、格闘技などより「勝敗」の別は希薄だ。水泳、陸上競技、体操においては勝敗から来る相手への憎しみは薄い。
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オリンピックの中に憎しみなどあるかというだろう。スポーツで争うことと憎しみとは紙一重だ。国際試合ではだれでも自国の選手に声援を送るだろう。そこでは、とにかく勝てばよいのだ。とにかく前に出ること、ひるまずに食い下がること……。
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柔道の谷亮子は国内の選手権で優勝できなかったが、日本代表に選ばれた。最終戦では敗れたものの、その実績と名声により当然のごとく……。だが、その試合に勝った選手は不満を感じなかっただろうか。勝ったのに、負けとされた。
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女子マラソンの野口みずきはアテネ大会優勝ののち四年間、北京での連覇をねらって練習を積み重ね、周囲の選手も彼女を目標に作戦を立てていただろうに、試合前に脚の不調であっけなくも勝負の舞台に上らずして欠場した。彼女の心情を伝える報道はないが、その胸には何が去来するのであろうか。
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おのおの過去のいきさつ、現在の事情があり、また今後の期待を見越して勝敗の取り上げられ方が異なるのであろう。それは、個人の目? マスコミ? 時代の空気?
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勝敗の別を超えて暮らすことはできないのだろうか。否、できるはずだ。早くそこに、その境涯に身を投じたい。またこの今の自分、その域に近づき、入りつつあるのを感じる。傍目には逃避、韜晦と見えるのであろうが。何とでも言うがよい。
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「勝者の思想」は肌にあわない。逆の悪平等にも抵抗はあるが。
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北京オリンピック。おなじメダルを得ても、或る者は喜び、或る者は悔しがる。体操の新星内村航平は銀メダルを得て意気揚々と次回の金を語り、女子プロレスの伊調千春は決勝で破れ、前回アテネでのオリンピックと変わらぬ銀メダルに泣いた。
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一対一の格闘技や球技は勝敗がはっきりあらわれる。一戦ごとにそれは決まり、敗者は試合場を去る。いっぽう、記録により勝敗が決まる競技。これとても記録の順に序列はつくが、格闘技などより「勝敗」の別は希薄だ。水泳、陸上競技、体操においては勝敗から来る相手への憎しみは薄い。
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オリンピックの中に憎しみなどあるかというだろう。スポーツで争うことと憎しみとは紙一重だ。国際試合ではだれでも自国の選手に声援を送るだろう。そこでは、とにかく勝てばよいのだ。とにかく前に出ること、ひるまずに食い下がること……。
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柔道の谷亮子は国内の選手権で優勝できなかったが、日本代表に選ばれた。最終戦では敗れたものの、その実績と名声により当然のごとく……。だが、その試合に勝った選手は不満を感じなかっただろうか。勝ったのに、負けとされた。
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女子マラソンの野口みずきはアテネ大会優勝ののち四年間、北京での連覇をねらって練習を積み重ね、周囲の選手も彼女を目標に作戦を立てていただろうに、試合前に脚の不調であっけなくも勝負の舞台に上らずして欠場した。彼女の心情を伝える報道はないが、その胸には何が去来するのであろうか。
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おのおの過去のいきさつ、現在の事情があり、また今後の期待を見越して勝敗の取り上げられ方が異なるのであろう。それは、個人の目? マスコミ? 時代の空気?
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勝敗の別を超えて暮らすことはできないのだろうか。否、できるはずだ。早くそこに、その境涯に身を投じたい。またこの今の自分、その域に近づき、入りつつあるのを感じる。傍目には逃避、韜晦と見えるのであろうが。何とでも言うがよい。
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