アンリ・カルティエ=ブレッソンに触れる――驚きと冷静

夏休みをとって、東京国立近代美術館にアンリ・カルティエ=ブレッソンの写真を観にいった。インド、中国、ソヴィエト(当時)、ドイツ、アメリカほかの人々の姿と表情からは、いかにもその時代のその国の人といった雰囲気が感じられ、「ブレッソンは何を考えながら撮っていたんだろう」という素朴な疑問が消えなかった。インドの混沌と聖性。中国からは、異郷、日常と非日常。ソ連からは制御、合同。アメリカには退廃、都市を感じた。それらをつなげるのは、なんということもない、現実を直視し、その凝集する時点をとらえる、ということだろうか。いや、それが大変なことなのだが……。

その作品の完成度を支えるのは、やはり、数多くのショットを撮っていることだという単純な事実も知った。その代表作の一つ。ドイツの敗戦後に路上に人がぎっしり集まり、そのなかで、ゲシュタポに通じていた女性がうなだれているのを、もうひとりの太った女性がいかにも憎憎しげに罵る。それを前にして座って記録をとる、メガネをかけて髪をきれいに撫で付けた冷静な男の写真の緊迫。じっと眺めて、会場の少し離れたところには、そのショットの前後数枚の写真が掛けられていた。クライマックスの前と後。それだけの枚数をついやした結果としての名ショットだったのである。さらに、最も有名な決定的瞬間――水溜りを飛び越えようとして靴のかかとが着水する寸前の《サン=ラザール駅裏、パリ、フランス、1932年》 の孕んでいる無限の要素、偶然の凝集も、前後に数多くのショットがあったに違いない。

一番好きな写真のハガキを買ってきて机上に置いて朝な夕なに見ている。スペインかアルジェのあたりか、白く輝く家壁に挟まれた陰の階段を走りぬけようとする少女。これも一瞬の光景だが、長く見ていると、どこか不自然なのである。自分の撮影経験からすると、コントラストが極端な光景と思われるが、それにしては陰の部分が「見えすぎている」と感じられてならないのだ。もしわたしがこの場面にうまく行きあって、撮影できたなら、左右の壁の質感を表すと、中央の影の部分は真っ黒につぶれてしまい、階段の微妙な階調と少女の姿は分からないのではないか。つまり、中央部の覆い焼きなど、現像の加減が施されているのではないかと。もちろん、だからといって、作品の価値が下がることはないのだが、なにか、喉に引っかかるものがある。

それからすると、会場で最も大きな画面であったインドの聖者達が丘の上でかなたの空を見やっている姿にも、作為を感じてしまう。それはどこだ、と訊かれても答えられないのだが、あの、全体が灰色の濃淡で作り上げられた画面は、出来過ぎていると感じてしまうのだ、バカな感想と言われても…。

この日一番の収穫は、早い頃イタリアで写されたものだったか、顔は写っていない全裸の女性が身を水に半ば沈めている一枚で、その水紋と小波の無限の変化だった。それを一瞬の場面の中に込めて写していた。「水を撮ってゆこう」と改めて思わされた。水の中にすべてがある。夢も現実も想像も嘘も、何でもあって何にもない…。すべてが赦される。

帰り道は、すぐに地下鉄の階段を下りる気は起きず、皇居のお濠沿いに厳しい日差しのもと、数多の写真を反芻しているうちに、東京駅に着いていた。白と灰色と黒のあいだに世界のすべてが写し出されていたのを、暑さに呆然となった頭で想いながら。

会場の壁、ところどころに短い言葉が書き付けられ、力づけられたので、ついでに載せておく。

曰く「造形芸術にとっての幾何学は、作家にとっての文法である」ギヨーム・アポリネール
また曰く「写真を撮ること――それは、ある出来事とそれを指し示す視覚的なフォルムが持つ厳密な構造を、瞬時に認識することである。それは、頭と眼と心の照準を合わせることだ。それはひとつの生き方である」アンリ・カルティエ=ブレッソン

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