行き違い――慶次郎縁側日記第七話「意地」
ここ数話のあいだ関係が冷えていた定町廻り同心の夫婦は、よりを戻した。ふたりに笑みが帰ってきた。幼い娘は、かかさまの実家で、ととさまのために鶴を折っていて、もとより無邪気である。
意地と意地のぶつかり合い、すれ違いが人の世の定めなのか――。
この春に始まった小子の独り住まい。その良さのひとつは、感動を素直に味わえるということである。何のことはない。涙を流しながらテレビを観られるというまでのこと。劇中の若妻皐月の味わう寂しさに同情の涙があふれ、その妻を不憫に思いながらも優しい言葉をかけてやれない夫晃之助の辛さに涙する。はたまた、死に臨んでの町娘のけなげな気働きにむせぶ。ちり紙が減ること減ること……。
硯箱。晃之助は、実家に呼ばれたきりで戻れない皐月の淋しさを和ませようとしてそれを注文する。注文された若い指物職人は、腕は良いが、見た目のめずらしさ、数寄をこらすことをこころみて、地味な仕事をたしかに作り上げる親方から破門されている。そして、親方の娘と恋仲であった。娘は重い病に罹っている様子だ。晃之助は若い二人を引き合わせてやることもあわせ考えて、職人に硯箱を作らせて、それを娘が皐月の元に運ぶ――という一策を案じたのであった。
しかし、皐月には晃之助の温かな心は届かず、晃之助の計らい事だけが目立ってしまい、またもや機嫌を損ねることとなる。うまくゆかぬときはこのようなものだ。思いと思いの行き違い。
行き違い、すれ違いは、互いが意地を張ることから起きる。意識するとしないとにかかわらず、意地は皆それぞれに持っている。思い込み、信念と呼んでもいいだろう。それが旨く折り合えば平和であり、ぶつかれば互いに離れる。
指物師の親方と弟子は、仕事に求めるものが異なっていた。互いに意地になっている。むろん、親方は正道を貫く。娘は父の心根を体得している。思いを寄せる職人の作った、意匠を凝らした硯箱を見てひと晩。それを皐月には渡さぬことにした。その心は自らの病と死をもって若い職人に伝わるところとなった。娘の、これは、意地だったのであろう。
ひるがえって、独り住まうこの身の、妻に対する意地とはなんだろうか。涙をぬぐいさった後に思うも、答はない。忘れた――。現実だけが目の前にある。それでよいと思った。
意地と意地のぶつかり合い、すれ違いが人の世の定めなのか――。
この春に始まった小子の独り住まい。その良さのひとつは、感動を素直に味わえるということである。何のことはない。涙を流しながらテレビを観られるというまでのこと。劇中の若妻皐月の味わう寂しさに同情の涙があふれ、その妻を不憫に思いながらも優しい言葉をかけてやれない夫晃之助の辛さに涙する。はたまた、死に臨んでの町娘のけなげな気働きにむせぶ。ちり紙が減ること減ること……。
硯箱。晃之助は、実家に呼ばれたきりで戻れない皐月の淋しさを和ませようとしてそれを注文する。注文された若い指物職人は、腕は良いが、見た目のめずらしさ、数寄をこらすことをこころみて、地味な仕事をたしかに作り上げる親方から破門されている。そして、親方の娘と恋仲であった。娘は重い病に罹っている様子だ。晃之助は若い二人を引き合わせてやることもあわせ考えて、職人に硯箱を作らせて、それを娘が皐月の元に運ぶ――という一策を案じたのであった。
しかし、皐月には晃之助の温かな心は届かず、晃之助の計らい事だけが目立ってしまい、またもや機嫌を損ねることとなる。うまくゆかぬときはこのようなものだ。思いと思いの行き違い。
行き違い、すれ違いは、互いが意地を張ることから起きる。意識するとしないとにかかわらず、意地は皆それぞれに持っている。思い込み、信念と呼んでもいいだろう。それが旨く折り合えば平和であり、ぶつかれば互いに離れる。
指物師の親方と弟子は、仕事に求めるものが異なっていた。互いに意地になっている。むろん、親方は正道を貫く。娘は父の心根を体得している。思いを寄せる職人の作った、意匠を凝らした硯箱を見てひと晩。それを皐月には渡さぬことにした。その心は自らの病と死をもって若い職人に伝わるところとなった。娘の、これは、意地だったのであろう。
ひるがえって、独り住まうこの身の、妻に対する意地とはなんだろうか。涙をぬぐいさった後に思うも、答はない。忘れた――。現実だけが目の前にある。それでよいと思った。

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